観光名所のひとつ、「外交官の家」から「ブラフ18番館」にかけて、かつては文字通り16番、17番、18番と並んだ。
しかし今はすべて山手町16番で、17番、18番は存在しない。3区画に渡ったイタリア山公園だが、一つの住所(16番)で統一したのであろう。
16番には1920年までフェアモントホテルがあった。やはり見晴らしの良い場所にホテルは作られる。
18番に1911年より16年まで住んだスイス人、ハンス・アベックはシイベルヘグナー社の重役。娘のりりィ.アベックはドイツの大学で学び戦時中、ドイツの新聞社(Frankfurter Zeitung)の特派員として、日本に滞在。次男オスカー.アベックは1943年当時、山手町238番に暮らす。
興味のある方は、筆者の『戦時下日本のスイス人』参照ください。こちら
「外交官の家」は外交官内田定槌の邸宅として、1910年に東京渋谷の南平台に建てられたもの、「ブラフ18番館」は山手町45番地に建てられた貿易商バウデンの住宅(その後カトリック山手教会の司祭館)で、どちらもここに移築された。
興味のある方は、筆者の『戦時下日本のスイス人』参照ください。こちら
「外交官の家」は外交官内田定槌の邸宅として、1910年に東京渋谷の南平台に建てられたもの、「ブラフ18番館」は山手町45番地に建てられた貿易商バウデンの住宅(その後カトリック山手教会の司祭館)で、どちらもここに移築された。
外交官の家(国の重要文化財)

Bluff 18番館 (横浜市認定歴史的建造物)

Bluff 18番館の前にこんなミニチュアが出来た。

