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前回持ち物とミッションの続きです‼︎




四コマに描かれているのは、母方の祖父母なのですが、父方の祖父があからさまに発達障害です。

(私が勝手に思ってるだけですが)


全財産を旅行(世界旅行をなんと二周)に費やし、住む所はボロアパートという計画性がない人生を送っていました




父親もおそらく発達障害だと、私は疑っています。




私は小さい頃病弱だった為、共働きの両親に代わって、母方の祖父母に育てられました。

結婚するまで結局三人で暮らしていたので、両親の家には週一で行くくらい



子供の時は先生や周りに



「親元に帰らないのか?」

「愛情が不足しているんじゃないのか?」



と散々言われました。



でも今では両親と暮らさずに、本当に良かったと思っています。



子供の頃は週一で帰っただけでも、父親が怖かったです。



暴力はないのですが、自分の感情を優先してしまう為、父親の分の飲み物や食べ物を飲食すると「買ってこい」と言われ、夜遅くにコンビニに買わされに行ったり、自分ではよく分からないことで怒られました。



また旅行前日に熱を出た時も、無理矢理行かされたりしました。



母親とはよくそれで夫婦喧嘩になっていました。



母親もすぐにヒステリックになるので、お腹が空かないのに、無理に食べさせられたり怒鳴られたり。


(病弱だったので、無理にでも食べさせばという危機感かもしれませんが)



ただ共働きもあって父親となるべく接触してなかったので、カサンドラ症候群(発達障害のパートナーがなりやすい)にならずに済んでいた感じです。



ともかくそんな家庭だったので、夫婦喧嘩の日はすぐ祖父母の家に帰って行きました(笑)



祖父はサザエさんの波平のような感じです。昔ながらの人で、よく叱られたし厳しかったです。



いじめられた時も学校に行かされたり、何かあった時も

「戦地の兵隊さんを思えば」

と口癖の様に言われました(笑)



その代わり、先生に相談する為、学校に一緒に行ってくれました。




父親よりは、よっぽど祖父が良かったです。



子供ながらでも分かるんですよね。



自分の思い通りにならなくて「怒る」父親と私の為に「叱る」祖父の違いが



もし実家で育ってたら、鬱病も併発していたでしょう。



父親も私に対して愛情はあるようです、大学まで行かせてもらったんですから。

結婚式の時も喜んでいたし。



ただ、どう接して良いか分からなかったんでしょうね。



なので今は、父親を「発達障害持ちの一人の人間」として接しています。



そう思ったら、途端に接しやすくなりましたし、父親との距離が近くなった感じがします。



結婚してからは、母親からよく父親の相談をされるようになりました。

(家事を頼んでも遊びに行ってしまう、ゴミを片付けられない、明かりやエアコンを点けっぱなしで外出するなど)



発達障害とは言わずに、私自身がやっている対策を教えている感じです。



ただ母親がガンになったので、どこまで支えになることが出来るか不安です



母親もガンと告知された時は、父親よりも真っ先に祖父に頼っていました(笑)




必ずしも両親の元で育てられるのが、正しいとは限らないと身をもって知りました。




四コマの話に戻りますが、結局子供時代の事がよく分からなかったので、自分が覚えている内容を適当に言っておきました。




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来週は最近のネタで描きたいものがあったので、そちらを挟みます。



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