自分らしく生きる | ほんとうの自分らしさに気づく  らしさナビゲーター響子のブログ

今日は、自分の勝手な思い込みが

現実を創ってるよ、の話をシェアするね。



先日のマラソン大会の日の前日、
夫とちょっとした喧嘩になった。


会場まで「自転車で行こう」
と夫が提案してくれたんだけど、
私は正直なところ気が進まなかった。


自転車が苦手だからだ。






子どもの頃から
自転車に乗っている人からすると
信じられないかもしれないけれど、

私は自転車に乗るだけで
かなり体が緊張する。



腕や肩に力が入るし、
以前、マラソン大会の前に
自転車で転んで足を怪我し、
走れなくなったこともあった。


だから、マラソン大会の当日に
自転車に乗るなんて、
本当はまっぴらだった。


だから本当は、ただ一言、

「自転車はまだ怖いから、歩いて行きたい」

そう正直に言えばよかったのだと思う。


でも、

その言葉が上手く出てこなかった。



なぜなら私の頭の中では、

「えー、なんで?」
「自転車の何がそんなに大変なの?」
「暑いのに歩くのは嫌だな」

と夫が不機嫌になる未来が、
すでに出来上がっていたからだ。


もちろん、
夫はそんなことを一言も言っていない。

全部、私の想像でしかない。


それなのに私は、

自転車で行けない罪悪感から、

夫におかしな気を遣い始める。



私は歩いて行きたいから、

夫は先に自転車で行ったらいい。



元々出走時間も違うんだし、

その方がお互い気持ちが楽だ。



先に行ってもらった方が、
相手を不快な気持ちにさせなくて済むし。


そんな方向へ話を進めようとして、

結果として喧嘩になった。



後になって話をしてみると、
夫は「自転車がそんなに
大変だと思っていなかった」と言った。

別に歩いて行くことも、
全然嫌ではなかったらしい。



つまり、
現実には存在していなかった

「歩いて行くことに不満な夫」を、
私は自分の中で大きく育てていたのだ。



振り返ってみると、
相手に負担をかけるくらいなら、
自分一人でなんとかしようとする。

という癖も、前からあった気がする。


相手を不快にさせてくないから、
自分が我慢した方がいい。



その気持ちが強くて、
相手に頼ったり甘えたりすることを、
無意識に飲み込んでしまうところがある。



今回でいえば、

「夫と一緒に行きたくない」

わけではなかった。


「自転車以外の方法で行きたい」

ただそれだけだった。



だけど、
「相手が嫌がるに違いない」

という思い込みが入った瞬間に、
話はどんどん複雑になっていく。



私がよく、
「現実は自分がつくっている」
という言葉を使うけれど、それは、

こんな風に、自分がどんな前提で
世界を見ているかによって、

現実の受け取り方も、行動も、

全く変わってくるよ、ということだ。




相手はまだ怒っていないのに、

怒るはずだと思う。


嫌だとまだ言っていないのに、
嫌がるはずだと思う。



その前提で、
勝手に先回りして行動する。


すると、
本来なら起きなかったはずの
すれ違いが生まれる。


そして、そのズレが大きくなった頃に、


「そろそろその思い込みに気づきませんか?」

とでも言うように

何か出来事(今回は夫婦喧嘩)が起こる。



「起こることはすべてギフト」
と言うのも、まさにこのことで、


嫌な出来事が起きるたびに、
誰かが悪いとかではなく、

「そこにどんな思い込みが隠れている?」

と問いかける機会を、
与えてもらっているのだと思う。



夏至迄の間は特に、
自分に不要な思い込みのパターンを、

こうやってひとつずつ、手放していく

タイミングなのだと思う。



相手が嫌がると決めつける前に。
迷惑だと思われると決めつけるその前に。


まずは、
自分が本当に伝えたいことを
勝手な想像を挟まずに、
正直に伝えてみること。


そうすれば、
現実には存在していなかった問題を、
自分の中で大きく育てずに済むかもしれない。



そんなシンプルなことの積み重ねが
今、とっても大事なとき、って思うんだ。






ちなみに、結局マラソン大会当日は、

夫が車を出してくれました照れ愛

 

 


 

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