今日は「哲学対話」
というイベントに参加した。
今回のテーマは「責任」。
会社に勤めていた頃の私は、
責任なんてできれば負いたくない、
と感じていた。
いろんな人の期待がのしかかるし、
自分じゃない人のリスクまで
引き受けなきゃいけない。
重たいし、
面倒だし、
できることなら避けたい、と。
でも今は、「責任」という言葉が
少し違った響きに聞こえる。
それがなんなのかな、と思ったときに、
私は以前より、
自分の人生に対する責任を
持てるようになったからだ、と気づいた。
自分の人生に対する責任。
それは、
「どんな出来事も、自分の内側の意識が作り出している」
ということへの責任だ。
それは、すべてを自分のせいにする、
という意味ではなくて、
どんな出来事が起きたとしても、
自分はそこから何を受け取り
どう意味づけし、どう生きていくのか。
その一切の責任を、
自分自身で引き受ける、ということだ。
それは一見、厳しく
聞こえるかもしれないけれど
自分は何を選び、
何を大切にして生きていきたいのか。
自分の人生の主導権を自分に戻す、
という事でもあると思う。
「誰かが決めてくれたら楽なのに」
と思っていた頃の自分は、
その決定権を手放すのと引き換えに、
自分の人生の主導権も、
他人に明け渡していたのだと思う。
そのくせ(いや、だからこそ、か)
何か嫌なことが起こったら、
「だって〇〇だったから」
「だってあの人がこう言っていたから」
って、無意識に誰かのせいにしていた。
責任は減るかもしれない。
だけどその分、自由も減っている。
そして何より、自分の人生を
誰かのせいにするような生き方を、
私はもうしたくない。
自分の意識が現実を創っているのだとしたら、
言い訳は一切通用しなくなるけれど、
その分、生きる上で「誰かの許可」も必要なくなる。
私にとっての「責任」とは、
自分を縛るものではなく、
自分の人生の主体者になることなんだな、と気づいた。
と、そこまで考えて、
結局私は、生き方の話にしか
興味がないんだな、とわかって、
なんだか笑ってしまった。
人生の主導権を、
自分の手に取り戻すこと。
そんな風に、責任を捉える人は
まだ少ないのかもしれないけれど
そんな人がもっと社会に増えたらいいな、
と感じた時間だった。
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