じいさまはこの島の開発を始めた時からドクロ瀬の存在を知っていた。 立地から魚影は島で最高峰の場所だが、激流ですぐに波を被るのを見れば危険なことは誰でもわかる。
海に落ちたら助ける間もなくあっという間に沖まで流される。
しかもサメがうようよ待ち構えている、無事で済むはずがない。
言い出せなかったが、危険でも釣りをやってみたいという願望は常に持っていただろう。
それに火をつけたのがあのおっさんで、「私がいれば大丈夫です」と自信満々で誘ったのだろう。
そうでなければあれほど頑固に粘るはずがない、やっと夢がかなうのだ。
船やクレーンならやって見て壊れてもよいが、じいさまが壊れたらどうするんだ。
野人の任務は海の特務員で、ダイバー調査、船長、開発、何でもやるが、じいさまのボディーガードも重要な任務、それは重役達からの命令だ。
じいさまはそんな気はなく、直轄の海洋特務の他、自分以外のゲストのお守りとガードで野人を雇った。
野人に壊れたじいさまの修理は出来ない。
まして修理不能となれば・・足一本サメに食われるとか・・
やると決めた以上、安全にじいさまの願望を満たすことに頭を切り替えた。
足腰の弱さでコケたり頭を打ったりすることもあるだろうが、それは何処の磯でも同じ。
危険は海に落ちたり波にさらわれたりした瞬間だ。
ドクロ瀬の激流は潮の干満の潮流ではなく、黒潮本流が当たっているのだから周年同じ方向に川のように流れている。
つまり流れが穏やかになる「潮止まり」も逆方向への反転もない。こんな磯は本土では見られない。
釣りの邪魔にならない距離を保って下流で待機すればよい。
目を離さず、落ちたらすぐに接近、ライフジャケットを着たじいさまは必ず船に向かってどんぶらこどんぶらこ流れて来るし、ボートフックで一本釣りにする。
「私はカツオじゃない
バカ~~
」と怒るだろうが無視すればよい。
サメが先に寄って来たら、その時は飛び込んで撃退する。
これでじいさまを守れる。
翌日、島の反対側ドクロ瀬に向けて切石港を出港、波はやや高いが瀬に上がれないことはない。
この程度なら通常は問題ないが、問題はじいさまだ。
いつも静かな礒で荒磯は慣れていない。
礒乞食のおっさんを先にドクロ瀬に渡し、じいさまの番になった。 じいさまの礒渡しは何度もやって弱点は熟知している。
何時もタイミングが合わないのだ。
それが危険なドクロ瀬上陸を反対した最大の理由だが、また怒られても教えるしかない。
礒へ降りる、あるいは船に乗るタイミングは、上下する船の舳先が停止した時だ。
タイミングがズレると足元が動くのだから肩透かしを食らうようにバランスを崩してコケることが多い。
波が荒い時、迷う客には「はい、今」とか合図するのだが、じいさんは時差が大きく必ずズレるので危ない。
時差と言うより「じじ差」だな。
注意すれば「そんなことはわかってるよ!」と怒る。
わかっているが体の反応が極端に遅いのだ。
諏訪之瀬島赴任中に礒から引揚中、渡るタイミングが合わず、持ち上がる船の舳先にしがみついたままじいさまが持ち上がり目がテンになった。 こんな船の乗り方は見たことがない。
下がれば岩に挟まれるので走って行って襟首掴んで片手で力任せに引っ張り上げたのだが、船に上がってから指が離れ、勢い余ってデッキを2回転してブリッジで頭を「ゴ~~ン
」・・ 放り投げたような格好になった。
「私はボーリングの玉じゃないよ
」と烈火のごとく怒ったが知らんぷり。 でっかいたんこぶだけで済んで良かった。
あまりにもセンスある怒り方に笑いをこらえたが、笑えば怒りに火を注ぐ。
波で船の舳先の上下差が1mある中、じいさまがドクロ瀬に渡る。
礒が低過ぎるので、最も下がった時に「今!」と合図したのだが、またもや渡れずやり直そうとしたらじいさまが飛び降りた。
高さはたいしたことなかったが足場が悪く、降りた後にバランスを崩してコケた。 おっさんがしっかりフォローすればよかったのだが役に立たない。
ライフジャケットが衝撃を吸収して大事には至らなかったが危なかった。 体が丸いから岩で頭打たなくてよかったな。
釣りの結果は、野人の予想通り仕掛けがぶっ飛んで浮き上がり、釣りにならなかった。 吹き流しのようなものだ。
1時間もしないうちに呼ばれ、じいさまの様子がおかしいと言うことで撤収。
切石港に帰港してから、じいさまの歩き方がおかしくややビッコを引いている。
「大丈夫ですか
」と言うと「大丈夫だ」と手を振る。
それから数日して本社の重役から電話があった。
検査の結果、じいさまのアキレス腱は切れかかり全治数か月。
岩場に飛び降りた時に負傷したようで手術することになった。
重役は、「お前が付いていながらどういうことだ
」と怒る。
そんなこと言われても仕方ないではないか。
重役だってじいさまに怒られたら「ハイハイ」と無条件で従うに決まっている。
「バカ~~!」と怒られても野人は拒絶・無視を続け、「オーナーだ」と錦の御旗で引導を渡されるまで粘った。
重役に言った。
「足が無くなったわけでもなし、アキレス腱半分で済んで良かったじゃないですか、ホントに
」
それにじいさまの行動範囲が狭まり、怒鳴られる社員が減る。
じいさまの負傷入院はヤマハ本社に広まった。
最初は、「野人が社長を投げ飛ばし3回転させた」、2回目は「不審人物に間違われ本社に入れなかった社員」
今回は・・「野人が社長のアキレス腱を切った」
入社3年間で3回も本社にじいさま絡みの珍話を提供した。
翌年、ヤマハ宿泊施設の小さな船で、このおっさんの案内でドクロ瀬に上がった客の1人が流され行方不明になったが、おっさんは責任を取らなかった。起きるべくして起きた事故だな。
命令されるまま小舟で渡した担当者は辛かっただろう。
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