文明は省エネ志向と省エネ思考から生まれた。
面倒、楽をしたい、急がば跨ぐあくなき思考から合理的な学問や道具は生まれ、さらにこれからも続き、終わりはない。
野人の省エネ思考は半端ではなく子供の頃から筋金入りだった。
海山川の狩りもそうだったが、学問やスポーツ・武術も同じ、テーマすいみん愚物語にも、後ろ向きに徹底した哲学と練習法、試合に臨むヨコシマな姿勢が書かれている。
周囲には同様の思考回路も、それに近い考えを持つ人間も皆無だった。心構えも技術も人から学ぶのが常識。
まったく理解出来ないのだから、実行は非難にも罵声にも耐える強い意志がいる。
つまり常識からすれば非常識だったが、文明とはそもそも非常識から生まれたもの。
およそ50年かけて生命に関する独自の理論を築き上げた。まとめたのは数年でもそこに至るまであまりにも長過ぎた。参考文献が豊富な本道ではなくひたすら茨の脇道なのだ。
机上の研究と違い汗も血も流すし命も何度か流しかけた。
しかしその年月と労力なくして理論は生まれなかった。
省エネしてもこれだけの時間を費やしてしまった。
真面目に、現学問からプロセス通りに学んでいたら築けなかっただろう。
理論の基点から現学問とはまったく異なるのだから本を読むことも人から学ぶことも一切なくなった。
今も独自の理論基盤で自然界の仕組みの探究を続けているが、終わりはないだろう。
しかし大きな目的は探究ではなく人を活かすこと。
さらに地球環境の復元・・気が遠くなるような道が続いている。
理論は銀河の渦巻きのように円形に繋がって入るが、個々単純な道理は他の難しい学問を必要とせず、融合も加減も出来ない。
学び方が異なる様に教え方もまったく異なり、余計なことはすべて省く。
何が余計なのかは自ら判断する事であり人と議論するつもりもない。
結果を出すにはそれが最良であり、確信を持って結果を出す。
明日をも知れぬ命で待っている人が大勢いるのだ。
今はベストを尽くすしかないな。
時間もなく農園管理も実験も理論の探究も思うようにやれないが、何を省き、何を優先するかは必然的に決まる。 理でも利でもなく・・心で決めた。
理論は道具に過ぎず、利にもさほど関心はない。
調理場暮らしもなかなか快適、今や新たな実験場になりつつある。
生命とは 生き物の仕組み1
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生命とは 生き物の仕組み2
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生命とは 生き物の仕組み3
