貝や海藻の養殖は採取しやすく、成長しやすく環境を整えるだけでエサは必要ない。
どちらも浅い海の養分で育ち、アオサや牡蠣やアサリは外洋の綺麗な海では育たない。
逆にサザエやアワビやトコブシやアカウニなどは褐藻類などの海藻が主食、それらが乏しい内湾では生きて行けない。
海藻をエサにすれば水槽で養殖出来るが、海藻もまた海の循環の中での養分が必要、放流して採取した方が効率は良いのだ。
アサリは浜に放流、牡蠣は採取しやすくて海水の養分を効率良く摂れる環境に吊るす。
岸壁や磯に牡蠣は付着するが、干満によって干上がる時間が長いほどエサが摂れず成長は遅い。
最干潮時でも海水に浸かる磯や桟橋などに付着した牡蠣は成長が早い。
常に海水に浸かり、収穫しやすく、潮が入れ変わればエサも常に流れて来て成長が早くなる。
密生するほど1個体のエサは減り、数が少ないほどエサは増えて大きく育つ。
牡蠣の寿命は20年以上、数年経った天然の牡蠣の味は濃厚だが、長期密生養殖は生存率が低く事業には向いていない。
ノリやワカメは、網やロープに菌を植え付け、牡蠣同様に干上がることなく常に海水に浸し、網やロープごと船に引き込んで効率良く収穫する。
共通点は効率良く天然のエサを摂れ、場所を選定、筏に吊るして収穫の効率を上げたことであり、環境は整えても成長には直接関与していない。
アサリも牡蠣も海藻類も自力で育っているのだ。
自然界の理に反せず、養殖する方、される方の最適の条件を満たしただけと言える。
協生農法もまたこれと同じ道理、広い意味では養殖野菜と言えるが中身は天然野菜だ。
肉や魚も同じようにすれば天然のものと変わりないが「する方」の商業理論が優先すれば不可能だ。
同じ「早く立派に収穫しやすく」でも、環境もエサも貝や海藻のようなわけには行かない。
完全放牧は別にして、エサの植物は栽培、たんぱく質は加工されたものが中心だ。
魚類に関しては環境もエサも全く異なる。
採算なくして養殖事業は成り立たないからで、人間の道理が優先される。
養殖魚の中ではうなぎの味が最も天然に近いが、環境もエサもそれほど間違っていないからだ。
うなぎは生きたエビやカニも死骸でも何でも食べるからミンチも理には適っている。
違いは活きエサがなく、1年未満で天然物が5年かかる大きさにすることだ。
大量密生だから病気を防ぐために抗生物質なども使う。
味は天然ほどではないが他に比べて違和感は少ない。
動物は口からエサを摂り、植物は根から養分を摂るがこれもエサに変わりない。
野菜と名が付く植物もまた養殖魚同様に環境がまったく異なる。
野山と比べれば一目瞭然だが、すべての生命を育む表土を毎回のように耕し破壊する。
それが世界の常識になっているのは「何の問題もない」と人類が判断したからだが、理でそれを証明したものもいない。
問題ないどころか自然界の循環の仕組み、植物の本質に関わる重要な問題であり、耕し続けることはそれらを必要としないと言うことだ。
重要な「問題がある」ことは、理論と実験でいつでも証明出来る。
続く・・
表土の役割 3
http://ameblo.mom/muu8/entry-11207905774.html
土と野菜を作らない協生農法
http://ameblo.mom/muu8/entry-11431101929.html

