自然界の仕組みとは地球誕生以来数億年を経て育まれた膨大複雑巧妙な方程式であり、生き物達の壮大なドラマだ。
学校の理科や生物の授業で習うような平面的な言葉で説明出来ることではない。
理科は機械中心の物理、無機中心の化学と地学、有機の生物、それらはさらに細かい分野へと枝分かれして行くが、生命へ近づくほど物理数学から遠ざかって行った。
生き物と人が作った機械、どちらが高度な「仕組み」を持つか言うまでもない。
仕組みとは物理であり、人類の科学文明を育んで来たが、それらはすべて自然界から誕生したものだ。
人間は道具の物理ばかり熱中、生態の物理は置き去りにされてしまった。
道具の物理は目を見張るほど進歩を続け、個々の新たな研究結果を出せるが生態物理は普遍のもの、解明には膨大な年月を費やす。
最大の理由は経済効果であり商業優先、片や新しいものを生み出し、片ややることがない。
その違いは商品を生み出すプラス思考と何も付け足さない±〇思考と言える。
研究開発費用は誰がどちらに提供するかは言うまでもない。
アイデアが特許になり、膨大な富を生む時代、当たり前の生命の研究は世の為になっても富みを生むことは少ない。
バイオテクノロジーと称して間違った方向へと進むのも専門学問が生んだ歪。
肥料薬物を投入する現在の一般的農法も自然界、大地の仕組みとはほど遠い人工的なバイオテクノロジーであり、バイオだから最も基本的な土壌構造と太陽さえ必要としない野菜の工場生産へと進化?遺伝子操作の世界まで踏みこんでしまった。
これも生物の有用な利用法を追及したプラス思考の商業主義から生まれた分野と言える。
海に始まり川を上り陸から山へ、気象海象、水の循環、藻類から始まるすべての動植物の歴史、共生と協生関係、それらの道理を総合的かつ立体的に理解しなければ「生命とは何か」の答えは出ない。
行政同様に縦割りされた専門家を作ろうとする現在の学問では解明は出来ない。
だから生命の仕組みが未だ理解出来ず、病の根本的な原因がわからず対処療法に甘んじてしまう。
総合病院でたらい回しにされた人も多いだろうが、生き物はパーツではないのだ。
余計な事を研究する前にやらなければならないもっと大切な事があるはずだ。
人間も含めて地球の全ての生き物は病み、飢えている。
そこに商業主義を持ち込むべきではなく、企業がやらなければ国家がやるべきだが、その国家にはどの国にも答えを出せる生態物理学者は1人もいない。
続く・・
食の本質1 理と利
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食の本質2 命あるもの
http://ameblo.mom/muu8/entry-10884584421.html
食の本質3 生命力とは
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脳みそ冷やすには これ・・
理論はまだまだ続く
お笑いも親父ギャグも入れず
