人間の道理は最も重要な足元の基点が完全に抜けている。
破壊を続ける表土からはたとえ無施肥であろうが完全な植物は生まれない。
先駆者の植物は土中に混入した余計な成分を排除しながら土壌を形成する。
これらは誕生以来植物が持って生まれた重要な整地大掃除の使命なのだが、人類は他の哺乳類と違ってこれらの廃棄作業中の肥大した植物を最も好む。
それが人類迷走の始まりだと野人は説いている。
土壌構造が形成され、人ではなく植物自ら選んだ形の細胞を摂ればたとえ一種でも問題はなく、試せば結果は簡単に出る。
これだけ野菜を大量に摂っても体が悪化するのは、その野菜が植物の、食べ物の本質を持たないからだ。
本来の細胞ではないから野菜だろうが肉だろうが体の正常な機能が保てない。
一般野菜、有機野菜など短期膨張は論外、無施肥だから完全と言うことでもなく、除草、ビニルマルチなどは土壌構造を必要としない人間の道理でしかない。
自然農法や循環農法など聞こえの良い言葉だけで判断出来るものでもない。
植物とは何か、その本質を知り、生育の道理にかなっていれば問題ないのだ。
体が元に戻らないのはどの野菜も道理に適っていないからに他ならない。
戻るとは「今より改善」ではなく、個人差、時間差はあっても誰もが完全に戻る、完治するということだ。
人間の道理でそのような結果が出ているなら薬は不要になるはずだが、聞いたことはない。
子供の頃から数十年間にわたって自然界で実践探究、膨大だが単純な方程式は今のところ間違っていない、間違いようがないほど簡単なものだ。
それを覆す道理を持つ学者も出ては来ないし、結果においてもその通りになっている。
常識とはあまりにもかけ離れてはいるが、やってみれば誰もが納得する。
多くの人が必要とするなら遠からず国内だけでなく世界へと広がり、「野人エッセイす」の表紙に原人が書いているように、世界の常識は変わり、人類史上最大のパラダイムになるだろう。
大きな痛みを伴うことは間違いないが、それ以上に大きな喜びを得る人の方がはるかに多いはず。
痛みは産業の崩壊と再構築だが、健康、環境問題が修復すれば喜びは命そのものであり、生き甲斐と誇りだ。
それは人類だけでなく地球上のすべての生き物に平等に与えられる。

