何かが間違っている、このままではいけない、これからどうなるのだろうと感じている人は多い。
何かやろうとする気持ちはあっても間違いが明確に見えなければ道は決まらない。
多くの人がそれぞれ信じたやり方で、出来ることをやろうとしている。
病への取り組みも同じ、原因も定かではなく、治療法もわからなければ自らやるしかない。
健康、環境問題も、先端科学をもってしても解決出来ないことは数えきれず、悪化の一途をたどっている。
野人はこの数年間、ブログを通してその原因は単純なことであり、すべての健康問題、環境問題がそこに起因していると明確な答えを出し、視点を変えて説き続けた。
これほど多くの問題を抱え込んだのは人類の思考、方程式が間違っていた結果だ。
しかも足元の基点から間違っていたからすべてに波及したと言える。
対処療法然り、いくら個々の修復に力を注いでも解決しないのは当たり前のこと。
人類だけでなく、他の生き物、地球環境すべてがダメージを受けるほどの共通原因など幾つもない。
単純な始発点の誤りが、そこに繋がる全ての枝部門に及んだと考えればわかりやすい。
だから、現在のような学問、産業の分業の中でいくら考えても解明出来ないのだ。
それを野人は、専門奏者ばかりで「指揮者不在のオーケストラ」と例えた。
個々の技術は進歩しても、まとまれば音楽にはならない。
つまり思った方向には進まず、修復も出来ない。
高一で「学問の在り方は間違っている」と教師にインネンを付けたのはその矛盾に気づいたからだ。
機械はパーツの集まりだが、人や動物はそうではない。
医学も、農業も、畜産も、食品産業もその対象は生き物。
文明を築く元となった産業の始発「農業」の誤りがすべてに波及、現状を招いたのだ。
それは地球環境の悪化のみならず、医療、薬品、健康産業の繁栄をもたらした。
それ以前の人類は他の生き物同様、地球の理に沿った生き方をしていた。
文明と比べて比較にならないほど完全な仕組みとその遺伝子を引き継いでいるのだ。
生命は今が完全、本来ならそれらはそれほど必要としないことは自然界を見渡せばわかることだ。
体調が悪くなれば自然界に存在するものでまかなえるようになっている。
しかし人は医者と薬なくして生きて行けないようになってしまった。
そのこと自体がおかしいのだ。
医療を否定しているのではない、現状を何とか救いたいと志を立ててこの道を選んだ人も多い。
動物に事故はつきもの、怪我や細菌に対する外的要因の治療は優れたものだが、自らが原因の病気など、本来は存在しない。
無数に存在するのは自然界の理にかなっていないからと言える。
理に適えばそれらが消滅するのは当然の理、生命の仕組みはそうなっている。
それが自然治癒力であり、生命の修復力だ。
治療ではなく、その条件を整えさえすれば生き物も地球も元の状態に戻る。
地球の生命体は数億年もの間それを繰り返してきた。
数千年の文明、間違いと修正を繰り返す数十年の近代科学はそれに比べると微々たるものなのだ。
続く・・
