協生理論の応用 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

野人が語る理論は森羅万象の道理であり、あらゆる角度から調べたが、ブログに発表した理論は今のところこれと言った修正箇所もない。

このブログ内外を問わず読者には多くの専門家もいるだろうし幅広く意見を聞くつもりでいるのだが、今のところ異議も苦情もなく、訂正もない。

理論は協生農法を中心に展開して来たが、応用出来るのは農法だけではない。

人間は地球と言う同じ環境の中ですべての生き物と共に生きている。

草や木や虫や動物、彼らなしでは人は生きて行けない。

誰もが承知していることなのだが、現実はそうではなく多くの問題を抱えている。

人は、自らが生きる為、やむを得ないこととしながら生態系を狂わせ、多くの負の遺産も残した。

世界中でその解決策がとられているのだがいまだに迷走している。

野人の頭にはそれらを一気に解決する構想は数年前から既に出来上がっている。

その第一歩が農業であり、農業は始まりに過ぎない。

農法だけでなく、協生理論を応用した新しい流通手法まで頭にある。

そこまで考えるのが本来の農業なのだが、あまりにも細分化され、学者や自治団体職員、関連業者だけ業が成り立ち、肝心の農家が成り立たない状況に陥っている。

農業は農家が成り立ってこそ農業であり、農家と野菜を必要とするすべての人々の為のものであって、脇役の為の農業ではない。

原人が表れるまで時を費やしたが、協生農法が動き出した今、大雑把ではあるが協生理論の応用とも言える具体案をそろそろ発表することにした。

協生農法研究所SEFARIを設立した原人はじめ他のメンバーからも要望がある。

野人が骨を作り、野人が肉付けして科学の壁を突破、メンバーが普及に頑張る。

皆、それぞれ大きな目標と希望を持って人生を費やしてくれるのだ。

途方もなく遠い道のりだが理念をしっかりと捉え迷走しない為にもビジョンは不可欠。

人は希望と共に若く、失望と共に朽ち果てると言う言葉があったが、短いと言えば短く、長いと言えば長い人生、いずれにせよ燃え尽きる事が出来れば悔いは残らないだろう。

人は人として生きられることが一番幸せなことなのだ。

今日を生きるのが精一杯で明日に希望さえ持てない人達が世界には大勢いる。

明日に希望を見出し、人として生きるには食と健康が最低条件であり、支援食糧ではない。

動物もそうだが、人は自らの力で糧を得てこそ人としての誇りを持って生きて行ける。