野人は子供の頃から野菜が嫌いで、今も好きではない。
人は雑食性だから、科学肥料だろうが農薬を使っていようが有機野菜であろうが目の前にあれば何でも食うが、基本的に好きではない。
ピーマンは40過ぎてかろうじて食えるようになり、人参、セロリに至っては瞬間に吐き出し、おそらく死ぬまで嫌いだっただろう。
「こりゃあ・・人間の食うものではない」と確信していたのだ。
しかし昨年から一転してこの二つは大好物になった。
その理由は簡単で、「食えるから」「旨いから」だ。
ここにきてやっと本能が「こりゃあ食える」と認めたのだ。
人参はその前年も採れ、客が喜んで食べるので、つられて食べては見たが、やはり吐き出していた。
人参の嫌な味もなく、柿のように甘かったのだが、クセがないと言う方がいいだろう。
セロリも同じで、緑の葉や茎まで生でムシャムシャ食べて旨いと感じるようになった。
ニラもアスパラも豆類も菜花類もすべて生食が甘くて旨い。
食べた人達が、「この野菜は野菜嫌いが食べられる」と口を揃えて言っていたが、シマラッキョウも辛味がなく澄んだ味になっている。
味の濃い野菜を好む人には物足りないだろうが、これが植物本来の姿であることには違いなく、肥料によって濃い味はどうにでもなるはずだ。
最初に耕した時に混入した草などの有機物が完全に分解され、土中には何もなくなった時に野菜はこの味になる。
つまりどんな野菜であろうが、茎も花も根もすべて「生食」出来る。
彼らが築いた「完全な構造」の土壌は生命力を生み、すべての野菜に活力が漲っている。




