植物の本質と大地の仕組みを知る事が農業の基本 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

農業とは大地から農産物や様々な食料を得て、それを生業にすることだ。その世界に入るなら、大地の仕組みを知り植物の本質を知る事が農業の基本だと野人は思っている。農業歴は浅いがそれが当たり前のことではないだろうか。それが間違っていると言う人がいるなら是非その道理をお聞きしたい。小さい頃から海と山と川に囲まれて育ち、小学生から自在に食を得てきたが、痛い目にもあい傷も負った。つまり体を張って習得した道理だ。自然界に入って行くなら仕組みと本質を理解しなければ怪我どころか命まで失うことにもなりかねない。つまり、「採る、狩る、遊ぶ」前に当然知っておかなければならないことがある。これから夏にかけて水のシーズン、水難事故は毎年のように必ず発生している。山の事故も同じだ。無知や無謀も事故の元だが、キャリアがあるから無事故ともかぎらない。物事はすべて「成るべくして成る」本質を見失い道理を誤れば思いもしない結果が待っている。自分の思考回路で描いた方程式の答えはそのまま自分に返って来る。こう思う、こうだろうと言う安易な行動も激しい現実に遭遇する事もあるのだ。

植物のガイドをやるなら、危険物や毒草、海のガイドも同じだ。自分を守れずして人の安全は確保出来ない。

人は楽な方法、安易な方法から入ろうとするのは当然のこと。野人も回り道はしたくない。「急がば跨げ」が信条だ。しかしどのような場合でも本質と道理を理解する事は徹底している。それは回り道ではなく「跨ぐ」ことなのだ。基本が間違っていれば何十年のキャリア努力を積もうが無駄になってしまう。その回り道が嫌なのだ。航海でも同じ事が言える、自船の現在地を見失えばいくら数日かけて決めた方位に進もうが到着地点は異なる。海を知り、乗り切る技術も大事だが起点はもっと大切だ。

農村の過疎化、荒廃農地の再興、食料自給率の向上に取り組む為、農業の実験を始めたが、役に立つ農業書など一冊もなかった。起点がおかしいから土壌の本質、植物の本質、循環の道理からあまりにもかけ離れている。「いったい誰がこんなバカなこと始めたんだ」とがっかりした。赤信号皆で渡れば怖くないと言うが、出来上がった仕組みは止まらない。だから農業の崩壊、自給率の極端な低下という現状を招いたのだろう。安泰なのは役所と学者と農業団体と関連事業者だけで、生産者が一番バカを見ているようだ。こんな産業が存続出来るはずもないし誰が主役なのかわからない。業と名の付く農業は生産者の為のもので国民の食卓と健康を背負っているのだ。

植物に詳しい農家も農学者も役人も団体職員もいないのはおかしい。植物を知らずして大地の仕組みなど理解出来るはずがないからだ。野菜の作り方を覚え、病害虫と駆除農薬を覚えることが農業なのか、土壌や野菜を人間の都合で太らせる技術や、強力な微生物を発見する事が農業なのか、機械化で「そもそも必要のない労力」を軽減する事が農業なのか、考え直して起点を見出すことが農業復興の近道だろう。今のままでは先は見えている。