コナラは全国に分布する落葉広葉樹で、昔から人の暮らしを支えてきた木だ。コナラの仲間にはミズナラ、クヌギ、アベマキがあり、どれもシイタケの原木栽培に使われているが、一番豊富なコナラがその代表だ。ミズナラの別名はオオナラで、それに対してコナラと言う名が付いた。シイタケは樹皮を食べて繁殖する。これらの木はシイタケの語源であるシイの木よりも樹皮が厚く栽培に向いている。
これらの木は太古から薪や炭にして利用され、今のスタイルになるまでは暖房の要だった。
どれもドングリを付ける木で、コナラとミズナラのドングリは東北地方では重要な食料でもあったのだ。そのままではアクがあり、灰汁でアク抜きして粉にして食べていた。
野人もコナラを切り出して来て、ドリルで穴を開けて菌を打ち込んだことが何度かある。ヤマハの施設で海とフィールド全体の支配人をしていた時、広大な農園果樹園の管理だけでなく、山菜木の実、キノコ園、水生動植物の沢なども作った。沢は今で言う広大なビオトープだ。敷地面積が100万坪だから遊歩道も大変で、アケビの道、巨木のヤブツバキ谷、県下随一のハマボウ群生地、天然うなぎの汽水池、1万本を超える野生のコバノミツバツツジの山も発掘して管理した。直営の定置網の魚はマリーナで水揚げ、アオサや牡蠣も養殖した。釣りのほうは言うまでもなく専門だ。大きな屋根つきの炭焼き釜も敷地内にあり、敷地内に無数に自生するコナラは原木としてだけでなく炭にもしてマリーナや農園でのバーキューで使っていた。キノコはシイタケだけでなく、ナメコ、ヒラタケ、エノキタケも原木を伐採してきて菌打ちした経験がある。マイタケ専用の森もあった。マッタケが自生する山も三箇所はあった。コウタケやアミタケ、ハッタケ、キクラゲ、天然エノキタケも自生していた。だから結構キノコには詳しいのだ。巨大なヤマイモも山ほど自生していた。野人の天敵は、ヤマイモ食うだけでは飽き足らず畑や果樹園を無尽に荒らしまわる猪だった。うじゃうじゃいたから始末におえない。ある日、山の中で巨大な猪と遭遇、屈辱的敗北を味わった。野人の辞書に敗北と言う文字はなかった。それで体を鍛え直してついにリベンジデスマッチを(笑)。誇り高く生きる為には闘うしかない。それにアイツは憎いだけでなく旨い肉いなのだ。不味ければ闘わなかっただろう。無益な殺生はしたくない。それはまた別の機会に。
