作地浜の上陸作戦の悲劇はあったが工事は進められていた。毎朝作業員を船で運ばなければならなかった。12名が乗れる船外機付きの和船が運搬には適していた。浜は相変わらず波が高く、突き出した溶岩地帯に船首から磯渡しするのだ。そこも波がないわけではないのだが、浜の浅瀬で増幅する波長の短い波よりはマシだった。磯渡しに慣れない作業員にとっては恐怖だっただろう。盛り上がる波に乗せて船首を近づけ合図するのだ「今だ、飛べ~!」と。作業員には高齢者が多かった。屋久島から出稼ぎに来ていた人とも親しかった。奥さんは住友の飯場で働き、皆の食事や洗濯の面倒を見ていた。波が高くなり早めに撤収に向かったときは大変だ。岩の上から小さな船首に飛び移るには勇気がいる。何人かはタイミングがずれて海に落ちたが無事に回収した。運搬中も波が高く頭から波しぶきがかかる時は、全員まとめて頭から工事用のブルーシートをかぶせて運んだ。「俺ら、物じゃねえよ~!」と笑いながら文句を言いながらも敬意は払ってくれていた。親子ほどの歳の違いはあったが、上陸作戦などこの一年間の出来事でそれなりに信頼はしてくれていたのだ。大半が上陸作戦の事故で海に投げ出され、「あの時、あんたの言うとおりにしていたら・・」と後悔していた。彼らが口を揃えて「この船で大丈夫だあ」と言わなければ、飯伏さんも言いつけどおり彼らと貨物船に乗り移っていたかもしれない。彼らはそれを気にしていたが今となっては仕方ないことだ。運搬中は退屈だからいつも操船しながら沖サワラのワイヤー仕掛けを流した。ある日、二十数キロの大サワラがヒットした。糸を肩越しに持って座って操船していたものだから、強烈なサワラの引きで後頭部を船外機に「ゴ~ン!」とぶつけてしまった。大きなたんこぶは作業員達の笑いの的で、夜の晩酌はこのサワラの刺身を肴にその話で盛り上がったようだった。それからは彼ら同様「ヘルメット」を着用して仕掛けを流すようにした。人生何があるかわからないのだ。
たいして波の高くない日だったが、走行中に障害物に衝突、船がドン!と持ち上がり数人がひっくり返った。いつもの航路に浅瀬はなく、振り返ると血が浮いていた。あっけにとられていると巨大なサメが浮いてきて皆は「アッゲ~~!」と腰を抜かすくらい驚いた。そんなデカイのは見たことがなかったからだ。浮いたのは5mを超えるイタチザメだった。船の長さが7m半だからそれに近い。プロペラにやられて損傷はあるが生きている。背びれをヒクヒクさせながら痛そうに逃げて行った。作業員達は「あんな化けもんがいる海によう一人で潜るなあ・・」と言いながら、その化けもんでも見るような目でこちらを見ていた。「蒲鉾だと思えばたいしたことはない~!」と言ったものの、あの場所には絶対に潜るまいと誓った。人間よりもはるか昔から生き延びてきた巨大な海の王者に対しては勝ち目などない、相手は完全生命体のエイリアンのようなものだ。それに・・あいつが生きていたら今日の仕返しが怖い。サメは近眼だが目が合ったから気配を覚えているかも知れない。化け物の白鯨に向かって行った「エイハブ船長」のような度胸はまだないのだ。