25年間使い続けた魚用モリ | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

このモリは野人が持っている道具の中では一番古いものだ。後日紹介する武具も学生の時からだから古い。このモリは毎年使い続け、改造などの手も加え、モリ先も鉄工所で作ってもらった2代目だ。名称は「土佐モリ」、ステンレス製で、上が1m、下が60cmで全長160cm。モリにしては短いが、機能は非常に優れている。そうでないとこんなに長くは使わない。おそらく「手モリ」の中では最高のものだろう。このモリとは東シナ海からの付き合いで、数百匹のイシダイ、イシガキダイ、十数キロのクエ、ヒラアジ、回遊魚のヒラマサまで突いた。本州に来てからも、ブリやイシダイを獲り、クロダイは数え切れないくらい突いた。野人は水中銃は嫌いで、サメの護身用にしか使わなかった。魚を獲る時は常に向き合いたいのだ。魚に射程距離の1m以内まで接近して突くが、それを許さず逃げられたら魚の勝ちだ。目の色変えて魚を追えば魚は逃げるに決まっている。そうなれば絶対に人は追いつけない。陸に人の影が見えただけで逃げるほど魚は目が良い。水中でいかにして「殺気」を消すかがポイントだ。そうは言ってもそこまで息が続かずゆとりがない。苦しくても知らん振りしてゆっくりと近づく「ゆとり」が勝敗を決する。極意は、近づくと言うより魚に近づかせることだ。サメが近づけば魚は逃げる。プランクトンを食べるジンベイザメの境地になれば良い。魚はこちらの動きを注意深く観察しているのだ。ガツガツして「旨そうだ~」などと微塵にも思ってはいけない。心構えは「お小遣いあげるからこっちキシメン~」と言うくらいの気持ちが良い。言い方は悪いが、いや適正だが「魚を騙す」泳ぎ方があるのだ。これも孫子の兵法が生きている。

「獲ったぞ~!」で一番大事なことは、自分の擬態もそうだが、それぞれの魚の「習性」を知り尽くすことが不可欠だ。回遊魚、イシダイ、クロダイ、ヒラアジ、メジナなど食生活も習性もまったく異なり、魚に合わせてこちらも衣装替えが必要になる。そして無欲、無の境地になれればたいして泳げなくても、誰にでも魚は突けるのだ。特にクロダイなどはどんな沿岸にもいるしカナヅチでも簡単に突ける、浅いところで待てば良いのだから。

野人は小学校から潜り続け、自由形の国体選手でもあったから水面も水中速度も速い。猛スピードで魚を追いかけ、岩穴に追い詰めて突くことも出来るが、体力の消耗と息切れが強烈だ。魚は体力ではなく知恵で獲るものだ。殺生は嫌いだが、人はそれを避けては通れない。食べるにしろ業とするにせよ、魚介類は必要以上には獲ってはいけない。やがては自分の首を絞めることになる。野人はいつも謝罪と感謝の気持ちを持って魚を獲り、その命をいただいている。このモリにはそんな思いがたくさん詰っている。このモリは野人が年をとって体が動かなくなるまで使うだろう。80歳になって足が不自由になり泳げなくても波打ち際でクロダイは突ける。食べものは自らの力で獲ると言うスピリッツが失われたとき野人の生は終わる。