自然循環のピラミッド農園は、苗の植え付け時以外普段は水はいらない。自然界にならい草で土壌の乾燥を防ぐからだ。これだけ雨が降らず猛暑が続いても水は必要としない。しかし、この4月に増設した200㎡の新農園はまだ草もまばらで乾燥しやすい。少々ホースで水を蒔いてもすぐに乾燥してしまう。まだ根の浅い20cmくらいの新芽野菜がたくさんあるのだ。耕して、最初から肥料を与ずに逞しく育てるから非常に成長は遅い。土が出来上がってくれば成長は早くなる。最初に作るうねは巨大で二度と掘り起こすことはない。うねが出来上がれば耕運機もクワも必要としない。判別して多年草などの不要な草を抜くか、刈るかで鎌があれば事は足りるのだ。農園の周りや通路だけは草刈機で刈る。
乾燥が続く非常時の対策も最初から設計に入っている。通路が水路に変わるのだ。川の水を引き込むと水は農園全域に流れてうねの頂上を残して水没する。そのまましばらく放置すればやがてうね幅1mの表面にも水が浸透、水はすぐに引くが土壌はたっぷりと水を吸い込む。これでしばらくは大丈夫だ。野菜は毎日水を与えて水脹れに育てないほうが良い。自然界では毎日雨が降る場所などなく、真夏と言えども毎日水をたっぷりもらう植物などないのだ。水が少なければ耐えて、雨の度に一気に成長するのが植物の逞しさだ。野菜も耐えることを知らず、水も肥料も自動的に満たされると自力での努力を放棄する。中身が伴わずに毎日ひたすら膨らんで行くのだ。食べやすくはなるが養殖魚のように加工食品に近い。全ての動物は自然界の命あるものを食べて生きて行くように出来ている。命とは生命力と道理に適った養分の事だ。どちらが欠けてもやがて体に異変が生じてくる。雑食の極みの人間はまだ順応力が強いが、隔離された未開のインディオや狸などの自然界の動物はひとたまりもなくやられてしまう。今の満たされた食生活を避けることは出来ない。それもまた人が創りあげた素晴らしい食文化だ。しかし何処かで生命力のある食品を補充して行かなければ将来の健康は誰にも予測が出来ないのだ。農業の全ては無理だが、完全な自然野菜を作る農家が増えてこなければ、いくら医療が進歩してもそれ以上に難儀な問題も増加するだろう。問題は人の健康だけでなく、今の農法を続けても放棄しても環境の崩壊が進んで行く。水の豊富な日本と違い、世界では土壌に入れる薬剤や異物だけでなく、水が最大の問題になっている。農業が転換期に来ていることは間違いない。
水を流し込みながら一緒に見ていた植物学者が言った言葉は、「草が保水力を保つ事を改めて実感した」だった。草の豊富な隣の旧農園はまったく水を必要とせず、随時収穫に来ていて、土壌の活力の違いに「目からウロコ」という言葉を連発していた。数ある驚きの中でも一番の目からウロコは「野菜は若い方が断然美味しい!」だった。植物学者だから道理は知っていても足元の視点に気付かなかっただけだ。若芽、新芽を食べるのは動物にとって当たり前のことなのだ。猿も鹿も虫もそうしている。草は土壌を柔らかくするだけでなく、養分を空中から補充し、微生物を増やし、保水力を保つ。土壌を形成するのは人間ではなく草である事は間違いない。