手ぶらで屋久島宮之浦岳へ登る | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

屋久島へ住んでいた頃、手ぶらで宮之浦岳へ登る事になってしまった。「しまった」と言うのは登る気などまったくなかったと言うことだ。狩猟民族にとって、ただ山に登る「登頂」ほど苦痛なものはない。海も海水浴の趣味はなくプールも嫌いだ。海はまだいいが山は重力に逆らい上に行くのだ。疲れて空しい事この上ない。宮之浦岳は九州で最高峰を誇り登山客が多い。そこに女性と二人で登る事になった。

屋久島の周囲は一本道だ。夏の暑い日、永田から宮之浦へ行く途中、寂しい部落のバス停に若い女性がポツンと立っていた。バスは本数が少なく滅多に通らない。ヒッチハイクしているわけでもないから知らんフリして通り過ぎたが目が合ってしまった。50mくらい通り過ぎたがバックして乗せた。くれぐれも言っておくが野人は硬派で軟派したことなど一度もない。宮之浦まで行き、お礼に昼食をご馳走になったが、彼女は生まれて初めての一人旅で福岡から念願の屋久島へ来た。明日宮之浦岳に一人で登ると言うのだが見るからに弱々しい。「やめておけ」と言ったのだが意思は固かった。彼女は笑いながら「そんなに心配なら一緒にどうですか?」と言う。「バカなこと言うな、海洋民族が目的もなく歩行が出来るか!山歩きは好きだが山登りは大嫌いだ」と言うと、「そう・・」と寂しそうな顔をする。そして「山には・・美味しいものがあるかも・・」と一言。結局、翌日は彼女とデートする事になった。ナンパしたわけではない、食い意地が張っていたわけでもない、心配だから行くのだ。そこに山があるから登るなんて哲学は野人の辞書にはない。

翌日、中腹の屋久杉ランドまでは車で、そこから徒歩だ。今は紀元杉も車で行けるようになっている。彼女は可愛い帽子にリュックサック、野人は徒手空拳、いや、タバコと携帯灰皿だけはしっかり持っていた。靴も登山靴などないから海のデッキシューズだ。「そんな格好で?」と驚くから、無人浜一週間の野営もほとんど手ぶらだったことを話してあげた。手に持つのはカバンも嫌いで今も持っていない。弁当は彼女が旅館で用意していた。「水筒は?」と聞くから、「途中いくらでもミネラルウォーターが流れているからいらない」。山に登るなんて高二のキャンプ以来のことだった。途中いくらでも冷たくて美味しい山水が流れていて味見しながら歩いた。山頂の手前に「花の何とか」と言う尾瀬みたいな場所があり。そこで弁当にしたが、どうもままごとしているみたいだった。「ハイ、あ~ん」と彼女は色んなものを口に入れてくれた。こちらは口をパクパクしているだけで楽だった。食べたらいつものように睡魔が襲ってくる。ゴロリと仰向けになったらすぐに眠ってしまった。目が覚めたら目の前に彼女の顔があり笑っている。二時間も眠っていたのだ。今から登頂して下山すれば日が暮れてしまう。「バカタレ!何で起こさない!」と怒ると、大の字で大いびきをかいて寝ているのがあまりにも面白くて、通る人達も笑っていたらしい。それでずっと寝顔を見ていたと。結局、登頂と言う彼女の夢を壊してしまった。ウサギとカメの話があるが、これではまるでトンマなウサギだ。彼女はその場所が気に入ったらしく、ここまでで十分だと言ったが、野人生涯の汚点として残ってしまった。それから二人で駆け足で山を下り、日没に間に合ったが、もうその時間にはほとんど人はいなかった。

彼女は達筆で、それから何枚もの便箋に書き綴った手紙が何通も届いた。相変わらず航海中心の海上生活が多く、帰宅するたびに届いていた手紙に癒されたが、筆不精ゆえなかなか返事が書けなかった。書く文句が浮かんで来ないのだ、バカタレ・・しか。