草をもって草を制す ミミナグサ | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

毒をもって毒を制すと言う言葉があるが、毒もまた使う量によっては薬にもなる。世の中には無駄なものはない。万物は存在理由があるからそこにある。水がないと困るし、洪水もまた困る。石がなくても砂がなくても木がなくても草が生えなくても困るはずだ。水のない砂漠は草が生えなくて困るし、水が多すぎる日本は草が生えすぎて草に悩まされている。しかしどうやっても草は必ず生えてくる。種にならないうちにと草を綺麗に刈ってもどこからともなく種は飛んでくる。種は生き物が運ぶか風が運ぶ。だから最初から草を利用し、草を活かす農業をする。草の全面駆逐ほど無駄な労力はない。同じ場所に出来る野菜も草の仲間だからだ。殺虫剤にしろ、除草剤にしろ、体に良いものなどあるはずもない。野菜の「形」は無傷かもしれないが、環境破壊以外何も残さない。使いたくて使う農家もいないだろうが、現状ではやむを得ないことだろう。日本だけでなく世界の台所が賄いきれないからだ。大規模農家は別にして、小規模農家に専業農家は皆無だ。国内の大部分は小規模農家が占めている。漁業に様々な形態があるように、農業ももっと分野が分かれるべきだろう。今の農法と一律的な流通形態では大規模農家しか業としてはやっていけない。誰が決めたか知らないが、野菜のサイズと綺麗な形が諸悪の根源になっているようだ。山国の日本にはアメリカ式の農業は無理がある。草も虫も鳥もスタッフとして活かすことを考えたほうが利口だ。彼らの撲滅などまかり間違っても出来ないのだから。

草を持って草を制すには、草を知る事から始まる。草の特質、時期、形などを知れば活かせるものが多い。場合によっては、ある草を先に生やせば、野菜を害することなく他の草を制することが出来る。その一つに「ミミナグサ」がある。ナデシコ科の2年草で、早春の3月から成長を始め、高さはせいぜい30cmくらいだ。タマネギと共生させると、最初は同時に伸びるが、ビッシリ群生はしてもタマネギの陽光を遮断するほどでもない。ミミナグサは早いものでGW前に枯れ始めるがタマネギは伸び続ける。枯れたミミナグサは徐々に沈み、マルチとなって他の草の成長を抑えている。土面に近いほど光が乏しく、他の草がなかなか生長出来ないのだ。出遅れた草が勢いを増す頃にはタマネギは収穫される。うまくやればまったく草に関与しなくて済む。たまに邪魔なギシギシやヨモギを引き抜く程度で良い。その場でミミナグサの「生を全うさせる」から種も残り、来年の早春もビッシリとミミナグサで表土は埋まる。そして野菜を他の草から守り、肥料となってまた元の土に戻って行く。耕さずに肥料もやらずに、同じ場所に同じ野菜を配置するだけだからこんな楽な事はない。野菜を搾取した分だけの養分は自然界が補充してくれる。思い切り夏草を生やし、夏の終わりに刈ってその場に置いて土着微生物に分解させる。暑さを避ける虫や微生物がタンパク質肥料となり、そして秋冬野菜が育つ環境が出来上がる。そうすれば常に持ち出しと搬入の養分のバランスはとれるどころかそれ以上に土は柔らかく肥えて行く。だから人が土をいじる必要はない。一度作ったうねは何年放置しようが、1年草を抜かないかぎり苗を植えるのは指で掘るだけで十分だ。土は草が耕し、土が硬くなる事はないのだから。