龍と女神のツインレイ夫婦
Mosscual・りこにゃんですニコニコ
 
 

先日ブログでもお知らせした通り、

香川の満濃池を訪れました。

 

その時間は

とても静かで、
でも確かなものでした。

 

満濃池で感じたのは、

何かを得る感覚ではなく、

「すでにある流れに戻る」

という感覚。

 

整えようとしなくても、
本来の流れは

最初からそこにあった。


満濃池の静寂の中で、

わたしたちは一つのワークを行いました。


それは、自分という存在を、

地球の核へと深く繋ぎ直す

「光の錨(いかり)」を下ろすこと。


どこかへ流されてしまう

不安を抱えたままでは、

本来の流れに

乗ることはできません。


まずは、どっしりと自分に根を下ろす。


「わたはここにいる」という

土台を固めること。


​あの日、満濃池で下ろした錨は、

わたしたちが自分の人生の

操縦席に座るための、

最初の、そして最大の準備でした。


土台が定まったからこそ、

次のステージである「京都」へと、

物語は続いていきます。 

 

 

  次に向かうのは、京都

 

第2弾となる京都では、

整った流れを、
“現実の中でどう動かすか”

というフェーズに入ります。

 

訪れるのは、

神泉苑
そして東寺。

 

神泉苑は、

空海が祈りによって
雨をもたらしたと

伝えられる場所。

 

見えない意図が、
現実として動いた場所です。

 

静かな池の前に立つと、

外側は何も変わらないのに、
内側だけがわずかに動き出す。

 

そんな感覚が訪れます。

 

満濃池が
「流れを整える場所」だとしたら、

神泉苑は
「その流れが動き出す場所」。

 

そして東寺は、

その流れを
現実の中に定着させていく場所です。

 

 

  選ぶフェーズへ

 

この京都の時間は、

何かを得るためのものではなく、

整った流れに対して、

「自分がどう動くか」を
選び直す時間になります。

 

もし今、

 

・動きたいのに動けない
・分かっているのに決めきれない
・何かがずっと引っかかっている

 

そんな感覚があるなら。

 

それは足りないのではなく、

流れが来ている状態

なのかもしれません。

 

あとは、

それに応えるかどうか。


もちろん満濃池リトリートに

参加していなくても方も大丈夫です。


香川で始まったこの水脈は、

今、この瞬間に触れた

すべての人に開かれています。


​「前回行っていないから」と

過去を理由に足を止める必要はありません。


​今、この言葉に触れて心が動いたのなら、

それがあなたにとっての

「始まり」のタイミングだからです。

 
 

 

行くかどうかは自由です。

 

ただ、

流れが現実として動くとき、

選べるタイミングは長くはありません。

 

もしこの感覚が、

どこかに残っているなら。

 

それは、

考えるためではなく、

“選ぶため”に

現れているものかもしれません。

 

前回の投稿のあとも、
この流れについて
静かに感じ取ってくださっている方がいて、

見えないところで、
少しずつ動き始めているのを感じています。

 

京都の日程ですが、

6月13日、
神泉苑と東寺を巡る流れで考えています。

 

人数は、今回も少人数でのご案内となり、
同乗できる枠もいくつかありますが、

移動や空間の関係もあって、
ご一緒できる人数は限られています。

 

まだ正式なご案内はこれからになりますが、

もしこの時点で
少しでも気になっている方がいれば、

スケジュールが合いそうかどうかだけでも、
先に確認していただいて大丈夫です。

 

こういう流れは、

「よし、行こう」と

思ってから動くというより、

気づいたときには、
もうどこかで

決まっていることも多いものです。

 

だからこそ、

行くかどうかを

今すぐ決める必要はありませんが、

その感覚だけは、
そのままにしないであげてください。

 

この流れが、
ちょうどいいタイミングで重なる方と、

京都でご一緒できたら嬉しいです。

 

詳細は来週ご案内しますね龍


​香川からの続きの物語として歩む方も、

京都から新しく物語を始める方も。


​それぞれのタイミングで、


一つの流れが重なり合う瞬間を

楽しみにしています。