龍と女神のツインレイ夫婦
Mosscual・りこにゃんですニコニコ

 

「今日、何を感じたっけ?」

 

そう思い返したとき、 

予定や仕事のことは浮かぶのに、 

空の色や風の匂いは思い出せない。

 

そんな日が、ありませんか?

 

前回の記事では、

朝に人生を整える

「言葉の循環」のお話をしました。

 

今日は、

忙しさの中で時間を過ごしていると、 

時にその言葉の奥にある

「命のリズム」まで

感じられなくなってしまうことがある、

というお話ですスター

 

※わたしがここで「命」と呼んでいるのは、

頭で考える前から呼吸を続け、

心臓を動かし、カラダを通して

世界と出会い続けている、

あなたの最も深い働きです。

 

一般的に「魂」と呼ばれるものに

近い感覚かもしれませんが、

わたしの記事では

もっとカラダに寄り添った言葉として

「命」という表現を使っています。

 

 
 

 

 

「今日もあっという間だった」

 

そんなふうに、

一日を振り返ることはありませんか?

 

忙しく過ごしていると、
時間だけが流れ、
心だけが

少し置いていかれたように

感じることがあります。

 

けれど本当は、
一日という時間には、
もっと自然で、
もっと命に寄り添った流れがあります。

 

朝が訪れ、
昼を生き、
夜を迎えて眠る。

 

それは時計が刻む時間ではありません。

 

命そのものが、
太古の昔から繰り返してきた、
静かなリズムです。

 

その流れを思い出すだけで、
何気ない一日は、
少し違った

景色を見せ始めます。

朝、目を覚ます。

 

窓を開けると、 

少し温度を含んだ夏の空気が 

頬をそっと撫でていきます。

 

ベランダの朝顔に水をあげながら

空を見上げれば、 

よく晴れて

暑くなりそうな予感がする青い空。

 

力強い日差しがまっすぐに降り注ぎ、 

世界は今日という一日を迎えています。

 

昨日と同じように見える朝。

 

けれど、
本当は同じ朝など一度もありません。

 

風は昨日とは違う場所を吹き、
光は違う角度から差し込み、
空には今日だけの雲が流れています。

 

そして、
その朝を迎えるわたしたちもまた、
昨日とは少し違う

命を生きています。

 

世界は、
毎朝新しく生まれています。

 

だから朝は、
何かを始める前に、
まず世界を受け取る時間。

 

深く息を吸う。

 

空を見上げる。

 

風の匂いを感じる。

 

鳥たちの声へ耳を澄ませる。

 

その小さな時間が、
心をひらき、
今日という世界との出会いを

思い出させてくれます。

 

わたしたちは、
自分の力だけで
一日を始めているわけではありません。

 

世界はいつも

少し早く目を覚まし、

 

「今日も一緒に生きよう」

 

そんなふうに、
わたしたちを迎えてくれているのです。

朝に受け取った世界は、
昼になると、
さまざまな形で

わたしたちへ語りかけてきます。

 

誰かの何気ない一言。

思いどおりにいかなかった出来事。

胸があたたかくなる笑顔。

理由は説明できない違和感。

ふと立ち止まりたくなる景色。

 

世界は、
絶えずわたしたちへ触れています。

 

そして

わたしたちは、
その一つひとつへ

応えながら生きています。

 

応えるというと、
何か特別な決断を

思い浮かべるかもしれません。

 

でも、
命の応答はもっと

ささやかなものです。

 

疲れたら休む。

 

喉が渇いたら水を飲む。

 

「ありがとう」を素直に伝える。

 

苦しくなったら、
自分の心へ耳を澄ませる。

 

そして、

「なんとなくこっち」

という

その小さな感覚を信じて、
一歩だけ歩いてみる。

 

人生を形づくるのは、
劇的な出来事だけではありません。

 

世界から届く呼びかけに、
今日の命で

返事をしていくこと。

 

その小さな応答が、
少しずつ、
自分らしい人生を

育てていきます。

 

 

やがて空は夕暮れに染まり、
一日は夜へと向かいます。

 

朝に受け取った世界。

 

昼に交わした、
たくさんの出会い。

 

そのすべてが、
夜になると、
静かにわたしたちの命へ還っていきます。

 

嬉しかったこと。

思いどおりにならなかったこと。

笑ったこと。

涙がこぼれたこと。

 

どんな出来事も、
今日という命が

生きた証です。

 

うまくできたから

価値があるのではありません。

 

失敗しなかったから

意味があるのでもありません。

 

今日という一日を、精いっぱい生きた。

 

そのこと自体が、
誰にも代わることのできない、
かけがえのない命の時間です。

 

だから夜は、
自分を責める時間ではありません。

 

「あれでよかったのかな」

「もっと頑張れたかもしれない」

「失敗した・・・」

 

そんな思いが浮かんでも、
その気持ちごと、
今日という一日を

抱きしめてあげること。

 

眠っているあいだも、
今日という経験は命の奥へ溶け込み、
明日の自分を育て続けています。

 

だから

以前の記事に書いたように、

眠る前に、
そっとつぶやいてみてください。

 

「今日もありがとう」

「ごちそうさまでした」

 

その言葉は、
単に一日を

終わらせるためではありません。

 

今日という命を、
感謝とともに、
自分の命へ

還していく言葉なのです。

 

 

 
 

 

 

朝、世界を受け取る。

昼、世界と響き合う。

夜、そのすべてを命へ還していく。

 

この流れは、
特別な誰かだけのものではありません。

 

今日も、
誰のもとにも訪れている、
命の営みです。

 

人生というと、
わたしたちは

何十年という

長い時間を思い浮かべます。

 

けれど人生は、
遠い未来にあるものではありません。

 

今日という一日の中にあります。

 

朝、
どんな世界を受け取るのか。

 

昼、
どんな出会いへ応えていくのか。

 

夜、
どんな想いで今日を命へ還していくのか。

 

その積み重ねが、
人生という

風景を育てています。

 

特別な出来事だけが、
人生を変えるのではありません。

 

今日という一日を、
世界とともに味わい、
世界と響き合いながら生きること。

 

その繰り返しが、
あなただけの人生を、
少しずつ

育て続けているのです。

 

 

明日の朝、
目が覚めたら、
ほんの少しだけ

空を見上げてみてください。

 

朝の光。

風の匂い。

鳥たちの声。

 

世界は今日も、
ちゃんとあなたを迎えています。

 

昼には、
今日という世界が届けてくれる
小さな呼びかけに、
ひとつだけ応えてみてください。

 

急がなくても大丈夫。

大きなことをしなくても大丈夫。

 

その小さな応答が、
今日という世界との

関係を育てていきます。

 

そして夜になったら、
そっと自分をハグしてみてください。

 

「今日もありがとう」

 

「ごちそうさまでした」

 

その言葉とともに、
今日という命を、
やさしく自分の中へ還していく。

 

明日になれば、
また新しい朝が訪れます。

 

新しい風が吹き、
新しい光が差し込み、
新しい世界が、
あなたを迎えてくれる。

 

人生は、
どこか遠くで完成するものではありません。

 

朝、世界を受け取り。

昼、世界と響き合い。

夜、そのすべてを命へ還していく。

 

その循環を、
今日もまた繰り返していくこと。

 

その一日一日こそが、

人生という命を

育てています。