揺れる | 始まって、のち終わる。


先日、琵琶湖大橋が渋滞してて、
1番高いところ(湖面からの高さ最大26mくらい)でピタっと車が動かなくなって
止まって待ってたら
渋滞してなかった反対車線に車が通るたんびに
めっちゃ橋が揺れてた。すごい縦揺れ。
あーこれは酔うなーって思ったけど、
あっそっかこれか!?
って思い出したら少し落ち着いた。
こんな身近で盛大に揺れてた。




そんな訳で最近、
思い出したら片足立ちして揺れてみてる。
体の方で揺れていると言う感覚は
まだ分からないのだけど、
わざと揺れてみてる。


それじゃあコントロールしようとしてるのと一緒なのかもしれないけど。
とりあえず揺れを頭に慣れさすってことで。
あと、体の力を抜くために。
お陰でここ2、3日頭がフラフラする😊
少しずつ私が「揺れ」に
気づいてきたのかもしれない



夕馬さんが、
ユラユラしつつも いつまでも立ってられる側から今回のことについて書いて下さってます。


同じ「一心」でも目的が異なる




同じ「一心」で目的が同じでも



一事が万事です。


上記の記事を読むと今回の私の気づきの向こう側がまたよく分かるのです。

私は、

やはり常に余計なことを考えているのですよね。

と言うか、

余計なことしか考えてない時が

ほとんどだと思います。

そしてそれは実は

とても疲れることなんですよね。

だって、自分の心と体だけでなく、世の中の価値観や評価は、コロコロ変わっていくものだから。



何一つ自分ではコントロールできないものを、コントロールしようとすることに(本来の目的を見失ったまま)一生懸命になっている。

ってことなんですよね。




良い悪いでもなく、責めている訳でなく。

気づいた今を書いているだけです。




ので、とりあえず揺れてみる。




揺れながら、大元が倒れないように。




そして、目的を今一度確認しよう。

それが、ほんと大事。




我が家のボーイズは甘えん坊

朝起きてから私から離れない

撫でろ、かまえ!

盛大アピール

花明はそんなことないのにね