さて、死相の見分け方の補足になります。
「観察眼を養う」
それはまぁ、何よりも、人さまの、利用者さまの顔色や様子を見ること以外はなにもない(;^_^A そのまんまですが…
ただ、異変に気づく人はどこをみているのでしょう。たとえ、出会ったのが初めてでも、異変に気づく人はいる。わかる人にはわかるもの。
実際、急変(急激に体調が著しく悪化する)に気づくのは、看護師だから、介護士だから、家族だから、、、ということが、あんまり関係なかったりすることも多い。
毎日、顔を見合わせていても、見てないものは見てない。わからないものはわからないの。
もちろん、波長的なこともある。
もちろん、スピリチュアル直感もある。
あとは、人生観かな。
たとえば、こんな体験をした人は観察眼に優れている人も多い。愛犬などのペットを大切にしてたとか、家族が常に病気がち、又は死などに遭遇し不安な体験がある、難民、貧富の差、宗教観などの様子を見た経験があるとか、、、
要は、どんなきっかけでも、思い入れを持って自分以外の人を見たことがあれば自然と「観察の力」はつくものだ。
①五感を使って人をみる
②関心をもって人をみる
③考えながら人をみる
さぁ、自分はこの3つを見ている方だと思いますか?見ていない方だと思いますか?
まぁ、この質問の結果は、ハッキリ言っちゃって、どっちでもいいんです(なんじゃそりゃ!)ヾ(▼ヘ▼;)
ただ、これを機会に今後「観察力を極めたい」と
・思ったか
・思わなかったか。
そっちの方が大切なのですね。
「思った人」はもっと人間を知りたい。異変に気づいて、楽にしてあげられる方法を詳しく知りたいという欲求がある方。その人は教えられなくても力を磨かれるでしょう。
「思わなかった人」は、死相であろうと異変であろうと、気づいた時は気づいた時、その時の問題でしょう?という方。ある意味、肝が据わられています。自ら見なくてもいいんじゃない?(  ̄っ ̄)
これね、押しつけても無理かもしれません。(あんまり押しつけ好きじゃないの。自分も聞かない方だから)ただ、観察眼は仕事の範疇であり、とても大切なことなのですね。ぜひ意識されたいと私は願いますね。縁があって、この仕事を続けていくのですから。
さて、その利用者さんはその日は大丈夫でした。
時々身の置き所がないのか、身体をくねらせる。しかし奇妙なことに、上体をどんな形に揺さぶっても、自分自身が呼吸をしやすい姿勢をとっている。自分の安全をちゃんと確保している。
私が、手を放すと目を開け、離れると上体を起こして、人の気配を探す。お気づきの通り、不安なのである。自分が死ぬかも知れないという不安に駆られ、身体が思う通り動かない、得体の知れない感覚に襲われて、不安でたまらないのだ。
するとスタッフが音楽を持ってきた。耳元で歌謡曲をかける。居酒屋を経営していた彼は少し落ち着いたようだ。利用者さんの生活背景を理解した上でのサービスだと思って私はとても感心する。それ以外にも福祉ならではの試行錯誤でケアにあたっていた。
本当に良い施設だと私は今のところを気に入っている(〃∇〃)
福祉は医療のように生命に対して、何かを施すことはできない。
いやいや、、、福祉にしかできないことはいっぱいある。これからの時代は超超~高齢化社会ですよ?医療同等、それ以上に需要は増えていくはず。
福祉はとっても素晴らしい仕事なのだ。
おしまい。
