
まことに子が生まれた。
乳母(めのと)そっちのけで、自ら世話をしていたが、弟から扱いはヘタだとからかわれた。
道長は姉・詮子に文を書いてもらうよう頼んだ。
「一人の帝に二人の后、いいんじゃない?」
一条天皇「受け入れられるものではない」と行成に告げた。
行成から聞いた道長「迷われるのは当然だ」
倫子は詮子に天皇が好きなものを尋ねたが「良く知らない」
赤染衛門が彰子の女房になっていた。
「笛を聞かせたい」と一条天皇がやって来た。
「そなたはなぜ朕を見ないのだ」
彰子「笛は聴くものは見るものではございません」
一条天皇「これはやられてしまったな。そなたは中宮になりたいのか」
彰子「仰せのままに」
一条天皇「誰の仰せだ?」
一条天皇は行成に「彰子には己というものがない。少し可哀想になった。わが身を見るような心もちになった」と告げ、一帝二后に前向きな気持ちになりました。
道長は行成に「帝の気持ちを動かしてくれた。礼を言う。今日までの恩、決して忘れぬ。そなたの立身は俺がうけおう」道長は倒れた。
「誰も呼ぶな、大事ない」
1000年
道長は晴明に、一帝二后の儀式の日取りを決めてもらいに来た。
晴明「2月25日。先に占っておきました」
一条天皇が行成に相談「彰子の立后のことだが、まだ心が決まらぬ」
行成「お上はお上。一天万乗の君たる帝が、下々の者と同じ心持ちで妻を思うことなどあってはなりません。神事を第一にすべきだと思います。何もかもわかっておいででございましょう。お上、どうかお覚悟をお決めくださいませ」
この一言で承諾することになり、公卿も異を唱えませんでした。
まひろは『蒙求(もうぎゅう)』と言う、唐時代にできた児童向けの書を聞かせていました。
まひろ「学問の面白さが分かる姫になってほしい」
宣孝が帰って来ました。
「まひろの機嫌のいい時の顔に似ておる。賢子(かたこ)に決めておった」
宣孝は、道長に子が生まれたことを報告。
一条天皇が定子を内裏に呼んだ。
「后を二人にすること、許せ。すまぬ」
定子「私はわが家のことばかり考えていました。どうか、私のことは気になさらす彰子様を中宮になさいませ。そもそも私は家のために入内したものでございます。彰子様と同じでございます」彰子を大切にするよう訴えました。
一条天皇「これまでのことはすべて偽りであったのか? 偽りでも構わぬ。朕はそなたを離さぬ」
定子「人の思いと行いは裏腹にございます。彰子さまとて、見えているものだけが全てではございません。どうか彰子さまとご一緒のときは、私のことはお考えになりませぬよう」
前例なき一帝二后の始まりとなった。
明子「この子も殿のお役に立てるように」
道長「入内して、いいことなどない」
明子「蒙求をそらんじることができるのですよ」
子どもたちは大声で披露。
道長が明子の前で倒れた。
高松殿に、報告を受けた倫子「お世話になります。薬師の話では心の臓に乱れがあるとのこと。この容体では動かすのは良くない。こちらで看病願いますね」
宣孝が帰って来て
「左大臣のご危篤のようだ」
「お教え下さり、ありがとうございました」
「できることは我らにはないがのう・・・」
まひろは独り言「逝かないで・・・戻って来て・・・」
道長は目を覚ました。
「まひろ・・・」
目を覚まし「殿、明子にございます。ようございました」
倫子の元に戻った。
道長「皆にはいたく心配をかけた」
倫子「私共は何もしておりません。必ずお帰りになると信じておりました」
定子は三度身ごもっていた。
ききょうが青ざし(麦のお菓子)を差し出した。
「そなただけだ、私の思いを知っていてくれているのは。いつまでも私のそばにいておくれ」
定子は姫皇子を出産し、世を去った。
伊周は怒り狂って「すべて、あいつのせいだ。左大臣だ。あいつが大事にしているものをこれから俺がことごとく奪ってやる」
前回の「光る君へ」の記事はこちら(2024年7月21日)
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
http://ameblo.mom/miyacar/entry-12860569835.html
では、明日。