
今、映画の都で何が起きているのか。
変革の真実に迫る。
農村として開拓されたこの土地に、映画人が集まるようになったのは、20世紀の初めの頃。
シカゴやニューヨークの大手映画会社を離れた中小の映画制作者たちが、天候の安定したこの地を好み、それからアメリカの映画中心地として発展して行った。
アリゾナ州立大学ロサンゼルス校大学理事のシェリル・ブーン・アイザックス氏。
アカデミー賞を選ぶ映画芸術科学アカデミーで、アフリカ系アメリカ人女性として初めて会長を務めた。
今では、大学の中に新設されたフィルムスクールの最高責任者。
黒人として初めてオスカー主演男優賞を受賞したシトニー・ポワチエの功績を称えた学校。
彼女はここで後進の育成に取り組んでいる。
アイザックス氏は、これまで沢山の映画宣伝を手がけた。
彼女が映画業界に入ったのは、28歳の頃。
働き始めて10年経った頃、上司からアカデミーの会員になるべきだ、申請をしてみなさいと、勧められた。
アカデミーの会員資格は、アメリカの映画業界にとって、実績が認められた映画人にだけ与えられる。
資格を得たアイザックさんが強く実感したことがあった。
会員のほとんどが、白人の男性だった。
ハリウッド全体に人種や性別の偏りがあった。
2013年に会長にまで上り詰めた時にまず、アフリカ系アメリカ人の会員を増やすことを始めた。
どうやって会員の構成を変えていくか、色々と取り組んでいた。
アカデミーに多様な価値観を受け入れることが大事だった。
2012年、黒人少年が射殺され、ブラックライブズマター運動が広がった。
同じ頃、アカデミーも槍玉に上がった。
地元のロサンゼルスの新聞が、それまで公表されていなかった人種と性別の構成を暴露した。
94%が白人で、74%が男性だというのだ。
2014年、アイザックスが会長に就任した翌年のアカデミー賞。
この年、話題を呼んだ映画は『それでも夜は明ける』
監督のスティーブ・マックイーンは、アフリカ系アメリカ人として、史上初めて作品賞を受賞した。
これには、会員からの反対もあり、ヘイトメールも届いた。
「でも私たちはそういう人に、将来の手綱を預けてはならない」
2年連続でアカデミー演技部門にノミネートされた俳優は40人全てが白人だと、メディアの批判が殺到した。
アフリカ系監督のスパイクリーは授賞式をボイコットし、自身のSNSでも訴えた。
ウィル・スミスの妻、ジエイダもSNSで異議を唱えた。
アカデミーへの批判が渦巻く中、会長のアイザックスは気が気ではなかった。
「心を痛めているし、不満を訴えている」大きな変革を訴え、緊急理事会を招集した。
ノミネート発表から、1週間後に声明を出した。
「2020年までに、白人以外の会員を、現在の倍に増やす」
2016年授賞式にアイザックスは壇上に上がった。
宣言はすぐに実行された。
バリー・ジェンキンスが史上2度目の授賞をした。
アイザックス氏は会長を退任した。
ハリウッドにはさらなる大きな危機が訪れた。
#MeToo運動
きっかけは大物プロデューサーによるセクシャルハラスメントだった。
多くの女優が告発に立ち上がった。
女性たちの勇気がハリウッドを大きく変化させた。
サラ・スコットは、ニューヨークで演技の勉強を始め、ハリウッドに移住した。
1年経っても芽が出ず、焦りを感じていた。
映画プロデューサー:ハービー・ワインステイーンは、ハリウッドの神様みたいな存在だった。
ワインステイーンにはスキャンダルがつきまとっていた。
ハリウッドには、暗黙のしきたりがあるとも噂されていた。
見返りに性的な関係を要求するというものだった。
女性を不利な立場に追い込んでいた。
「キャスティング・カウチ」とは、性的関係を持った相手に役や契約を回すこと。
マネージャーからは、作品を降りるか我慢するかの選択を迫られていた。
彼女は我慢を選び、この体験に傷つきながらも俳優を続けた。
そんな中、あるスクープによって、ハリウッドに激震が走った。
2017年10月、ニューヨークタイムズが、ワインスティーンを糾弾した。
ハリウッドで絶大な力を誇っていた男は2018年ニューヨーク市警に逮捕された。
ハリウッドの俳優たちによる告発を機に女性たちが声を上げた。
それはやがて#MeTooのムーブメントになって、世界に広がっていった。
ハリウッドでは、さらにダスティン・ホフマン、ベン・アフレックなど、有名俳優による性的嫌がらせが次々と告発された。
こうした中、性的被害によるトラウマに苦しんでいたスコットにも転機が訪れた。
ドラマの共演者から、ベットシーンの撮影中に嫌がらせを受けた時のことだった。
この後泣き寝入りするスコットとは違って、周囲の人に相談した。
#MeToo運動は、女性に声を上げようという力を与えた。
スコットの勇気で、映画俳優組合は共演者に対して、重大な規則違反を認め、罰金を科した。
ところが彼女にはふに落ちないことがあった。
オンライン講習を受ければ、罰金6000ドルを半分にするという、軽い処分だった。
しかしスコットたちの勇気ある告発は、2018年の授賞式にワインスティーンを告発したアシュレイ・ジャッドたちが、男性優位のハリウッドに対しそろって登場。
この頃スコットは、新しい職業:インティマシー・コーディネーターの存在を知った。
映画やドラマで俳優たちが性的なシーンを撮影する際、その身体的・精神的な安全を守る職業で、#TooMe運動を機に生まれた。
スコットはこれ以上自分のように苦しむ人を生み出さないためにも、一人でも多くのインティマシー・コーディネーターの存在が必要だと考え、その道に進むことを決意した。
「私はこの仕事をする運命だった」
2019年にスコットは、インティマシー・コーディネーターの資格を獲得し、弱い立場の女性たちを支え続けている。
韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が、英語以外の映画として、初めてアカデミー作品賞を受賞した。
言語や文化の壁を超えてハリウッドは変わる。
パラサイトを配給した映画配給会社の社長:トム・クイン氏。
歴史的な受賞の裏で起こりつつあった、アカデミーの変化を感じ取っていた。
言語やカテゴリーらに関係なく投票するアカデミーの会員がいることがわかったと言う。
それは『パラサイト』や、世界中の映画にとって大きな変化だった。
クインは、『グエムル 漢江の怪物』を見て、「一般的な外国語映画のレベルを超えていた。
ドラマや怪獣映画、社会風刺の要素も加わって、ハイブリッドな映画だったと感じた」と言う。
こんなにもいろんな要素が、絡み合っている映画を今まで見たことがなかった。
ポン・ジュノとの長い旅になると気づいたそうだ。
ハリウッドの大物プロデューサー:ワインスティーンもポン・ジュノの才能に目をつけた。
彼は『スノーピアサー』を英語で撮らせるようにした。
長時間の上演を嫌ったワインスティーンは、30分カットするように求めた。
これに対し、ハリウッドの慣習とは無縁だったジュノは強く反発。
メジャーで大々的に公開される予定だったが、上映中止の危機に陥った。
その時偶然にもワインスティーンの下で働いていたクイン。
ワインスティーンから「この映画お前がやるか」と言われた。
条件はポン・ジュノに編集を一任することだった。
ワインスティーンは公開規模を縮小することを条件に、クインの要求をのむことにした。
こうして『スノーピアサー』の公開にこぎつけたクインとポン・ジュノ。
しかしハリウッドとの権力者との対立は、ポン・ジュノの前途にさまざまな困難が立ちはだかることも予想された。
ところがワインスティーンは2020年性的暴行などの容疑で、ニューヨーク州の裁判所から、禁錮23年の実刑判決を受けた。
大物プロデューサーの失脚を機に、2人は本格的にタッグを組みはじめた。
クインはある映画の北米配給を脚本段階で打診された。
それが『パラサイト 半地下の家族』だった。
韓国のソウルを舞台に、半地下で暮らす貧しい家族を描いた映画だ。
クイン「脚本は素晴らしい出来だった。現実に根差し世界の不平等を痛烈に批判した物語だった。
韓国の文化や人種、言語、民族的な特徴にとどまらない普遍的なもの。彼らは私たちにだって当てはまる。韓国語の映画だが、言葉の壁は越えられる」
このように思ったクインは、アメリカで公開することを決断した。
アメリカでは、外国語映画のほとんどは英語に吹き替えられるのだが、クインは韓国語のまま英語の字幕で公開しようと決めた。
ポンジュのの作品がアメリカではDVDで英語の字幕でも人気を呼んでいることを知っていたからだ。
2019年『パラサイト』はアメリカで公開された。
ロサンゼルスの3つの映画館だけでの上映が、あっという間に全米で600館を超えた。
実はそのころアメリカでは、外国語の映画に関心が集まる事態があった。
アカデミー賞でスペイン語の映画『Roma/ローマ』が、作品賞にノミネートされたのだ。
「アルフォンソ・キュアロン監督の『ローマ』が外国語映画の道を切り開いてくれた。『ローマ』がノミネートされたことで、言語や映画のジャンルに関係なく投票するアカデミーの会員がいる」クインが感じ取ったアカデミーの変化。
白人ばかりだった会員を多様化する動きが影響していた。
2019年までの3年間で、会員数は1700人も増えて、その出身国は59か国を超えた。
日本からも大友克洋や押井守が、会員への招待を受けていた。
さらに、『パラサイト』が外国語の映画として初めて、全米映画俳優組合賞の最高賞を取った。
その選考メンバーは、アカデミーの会員と重なることが多いため、クインはアカデミーの変革を確信した。
そして迎えた2020年のアカデミー授賞式。
クインの読みどおり、『パラサイト』は作品賞、監督賞、脚本賞など4部門を受賞した。
アイザックス元会長「『パラサイト』の快挙は世界中の人たちが、異なる物語を観るという一つの目的を達成できた」と喜んだ。
『パラサイト』の受賞は、アカデミーの関心をアジアの映画に更に向かわせていく。
2021年に全米で公開された『ドライブ・マイ・カー』は日本映画として初の作品賞のノミネートされた。
プロデューサーを務めた山本晃久。
脈脈と続いているアジア人でのバトンをすごく感じたという。
時代とともに、変わりゆくハリウッド。
アイザックス元会長「どの分野でも優れた才能がたくさん見つかるはずなので製作現場も多様化するべき。映画製作者が全力を発揮出来る様に、環境を変化させることが大事。誰もが認める映画最高の祭典だというのならば、異なる目線、異なる文化を取り入れることは、ハリウッドに課せられた義務なのです」
前回の「アナザーストーリーズ」の記事はこちら(2022年12月29日)
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http://ameblo.mom/miyacar/entry-12781334969.html
では、明日。