
第1章 ラーメン古代史
戦前、浅草仲見世は“浅草新田町”と呼ばれていた。
1910年、来々軒創業、この店でらーめんが生まれた。
ラーメンの父・尾崎貫一は、横浜の税関職員だった。
来々軒は、浅草の名店となったが1994年移転先の内神田で姿を消す。
来々軒で15歳の時から修行した人が千葉市で進来軒をオープン。
ここは唯一、尾崎の末裔がその味を認めた味、来々軒の味を引き継いでいる。
ラーメン 530円
豚骨と鶏ガラの出し汁、ここまでは広東風のしなそばと同じスープ
日本人の味覚に合わせた濃いくちの醤油ダレ。
100年前はかん水の代わりにシェンシイという中国の湖から抽出したアルカリ性結晶を使って練り上げたタマゴ麺
当時のトッピングは、チャーシュー・メンマ・刻みねぎ
貫一は、なぜチャーシューとメンマをトッピングとして載せたのか
そもそも中国の麺類にこの2つの具は載らない
明治のころからメンマの輸入販売をしていた丸松物産を訪ねた
メンマの原材料は「麻竹」
麺の上に載る「麻竹」ということで「メンマ」と名付けられた。
上海料理で豚肉とメンマの煮物が中華街で人気だった。
それを見て貫一が発想したようだ。
この一杯から、ラーメンが動き出した。
天津飯も、来々軒が発祥。
【最新の醤油ラーメン】調布市仙川
中華そば・しば田:煮干しそば 750円
スープに1日に4キロの大量の煮干しを使っている
濃厚なコクと甘みの強い“たまり白しょうゆ”を使用
鶏とひき肉の出汁を混ぜる
煮干しの香味油
100度で2時間半焼いたレアチャーシュー
第2章 ラーメン古代史2
1957年頃、みそラーメンの誕生
60年代にみそラーメンが台頭し、しょうゆラーメンと肩を並べるほどになった。
成功のうらにはある人物の功績が有った
みそラーメン発祥は札幌市・味の三平
創業者は大宮守人
あっさりとした上品なスープで麺は太め
戦後の食糧難の時代に日本人に栄養をつけさせたいとの思いが高カロリーなラードを使うことを考えた。
ラードでひき肉、玉ねぎ、もやしを炒める
燃料は木炭が主流の時代に、大宮は火力が強い石炭を使用した。
満州で機関士をしていた影響
みそを合わせたのは、大宮が大のみそ好きだからという単純な理由
味が評判を呼び、他店もマネをしたため、またたく間に札幌はみそラーメンの街になった。
1958年日清食品のチキンラーメン
その後、サッポロ一番、チャルメラが発売され、インスタント麺がブーム
ラーメンは日本の子どもたちに人気になった
ラーメンはテレビCMの影響を大きく受けた
俳優・藤岡琢也「渡る世間は鬼ばかり」の15年を大きく上回る35年、人生をかけてみそラーメンのCMに出続けた。
【最新のみそラーメン】札幌・綱取ものがたり
にんにく、ラードを炒めて香りを付け、7種類の香辛料を加えてカレー風味のみそでスパイシーなスープにしている
胸骨ベースのスープに合わせる
スープがよく絡むちぢれ麺
第3章 ラーメン中世史1
1970年大阪万博開催
1971年カップヌードルが発売
1974年セブンイレブン一号店が豊洲にオープン、第1次つけめんブーム
1961年東池袋に大勝軒が開店、山岸一雄はこの頃はつけ麺の名称を“盛りそば”と言っていた
1973年元祖中華つけ麺大王自由が丘店、創業者の槇均がつけ麺という名称を考え、つけ麺を商標登録する
全盛期には250店まで増えたが、ブームも長く続くことはなかった。
第2次つけ麺ブームの火付け役となった店は川越にある
2000年創業・頑者
麺が凄く太いため、完全入れ替え制
まとめて茹でないと時間がかかってしまう
実家が製麺所をやっていて、麺の美味しさを伝えたくて始めた。
もちもちの食感、小麦の風味が特徴
超極太麺の誕生だった。
その味は六厘舎などに受け継がれる。
【最新のつけ麺】西早稲田・らぁ麺やまぐち
麺同士がくっつかないように、昆布だしに浸っている
サラサラスープ、モチモチでコシもある麺
第4章 ラーメン中世史2
1980年代、ご当地ラーメンの到来
喜多方ラーメンは、醤油味に平たく太いちぢれ麺が特徴
喜多方市観光課の働きかけで、旅行雑誌「るるぶ」に掲載された。
全国から旅行客が押し寄せた。
これに端を発し、福島県白河、栃木県佐野、広島県尾道などが全国に名乗りを上げた。
もうひとつ、局地的なラーメン戦争が起きていた
荻窪ラーメン戦争
名店がしのぎを削った戦い
ラーメンにかた茹での煮玉子
1992年創業のちばき屋(江戸川区葛西)が半熟味玉ラーメンの発祥とされる
お湯から茹でる(水から茹でると先に黄身に火が入り半熟にならない)
塩分の薄いつけ汁に漬けることで、やわらかな煮玉子になる
24年前にこの作り方で誕生した
第5章 ラーメン近代史
豚骨ラーメンが障害になっていたのは動物系の臭み
1984年秋葉原・九州じゃんがらから始まった。
創業者は学習塾の塾長
経営の傾いた学習塾を立て直すために、ラーメン屋を始めた
修業先は故郷でもある熊本のラーメン店
店の周囲から臭いとクレーム
極力臭みを抑えたマイルドな味に変更。
それでも、一口食べて帰ってしまうお客さんもいた。
開店して3日目に早くも休業
研究を重ね、臭みと濃度を抑えた九州じゃんがら完成
次のメニューとして、4年後に博多オリジナルの味“ぼんしゃん”
10年後に、熊本の味“こぼんしゃん”完成
1987年環状7号線沿いになんでんかんでん開店、創業者・川原浩史
豚骨臭が際立つ本場ラーメン、しかし2年間は閑古鳥が鳴いていた
川原は雑誌社に無料券を付けたチラシをFAXし「美味しかったら取材して下さい」
このアイディアがヒットを呼び、深夜でも行列ができるほどになった。
路上駐車の規制の影響で2012年本店は閉店
【最新とんこつラーメン】
六本木・麺劇場・玄瑛
全ての座席がラーメンを作る店主を向いている
豚骨を使わない豚骨ラーメン
臭みのない豚骨スープを圧力なべでつくる
第6章 ラーメン現代史
1990年代 ラーメンは日本の国民食となった
“花の96年組”と呼ばれているのは、青葉、くじら軒、めんやむさし
ラーメンは海外に進出
2008年一風堂はニューヨークに出店、ソンガポール・豪、韓国、中国
ミシュランガイド2015にラーメン店も掲載された
銀座「むぎとオリーブ」は、はまぐりの大山鶏の鶏油でコクをプラスした美味しさ
★写真は、中目黒・阿夫利のラーメン