こんにちは、みっこです。




きのう、この記事を書いたのですが






「もっとこうだったらいいのに」


という気持ちを大切にして

叶えていこう



という話だったのですが、

ちょっと例外もあります。






それは、


他人を変えること


です。






休日になにもしないで

ソファに寝ている夫が

もっと協力的になればいいのに…


とか、




このスーパーの通り道が狭くて

ベビーカーが通りづらいから

もっと広くなればいいのに



とかね。






たとえば、

スーパーの通り道が狭いのであれば、

通り道の広いスーパーに行けばいいし




そんなスーパー近くにないわよ

って言うのなら、抱っこ紐を使って

買い物をしたっていいですよね。




買い物するだけでも荷物になるのに

抱っこ紐なんてしたら大変だというのなら




子どもを誰かに見てもらえる時に

一気に買い物をしてしまうとか




そんな見てくれる人いないわよ!

っていうのならネットで買ったっていいわけです。



ネットなんて高い!というのなら

もうその人には何を言っても

なにかしら不満を言うのでしょう…昇天






「スーパーの通り道が

広くなったらいいな」



という願いがあっとしても




スーパーを改装するとか

あたらしく近くに通り道の広い

スーパーができるのを待つよりも




自分が今できることで

対策したほうが早いし



その悩んでいる時間を

他のやりたいことにあてられますよね。







夫が協力的になればいいのに


も同じです。





ソファでゴロゴロしている夫に

なにも言わずにため息ついても

動くことはありません。



ため息ついて動いてくれたとしても

あまり気分がよくないですよね。



自分の心がすり減るだけです。





だからといって、

もう夫には頼らん!って拗ねても

家の中はピリピリムードで

居心地が悪いですよね。





それってあなたが

望んでいることでしょうか?





きっと、



夫と協力し合いながら過ごしたい



というのが、

本来の願いなはず。






夫が協力的になればいいのに


ではなくて


夫と協力し合えたらいいのに



ですよね。







きのうの記事で伝えたかったのは、



相手を変えることではなくて



こういう状態になったら

わたしは幸せだな



に気づくこと。






夫を協力的にしたいのであれば



自分がどんな状態でいれば

夫と協力し合えるのかを

見つけていくこと。






相手を変えるのって難しいんです。



相手に変わってもらうことばかりを

求めてしまうときって



自分の弱さを隠したいときだったりします。





さっきのスーパーの例で言うなら、



朝からイヤイヤする子どもを説得しながら

やっとの思いでベビーカーに乗ってくれて

スーパーに買い物に来た。



だけど、陳列する前の商品の段ボールが

無造作に置いてあって道を塞いでいたりして…



店員さんに声をかければいいけれど

忙しそうな店員さんに声をかけたら

嫌な顔をされたり


じゃあ、ベビーカーで来るなよ!

って思われそうでいやだな…




とかね、


傷つくのが怖かったり

自分の弱い部分を隠したくて(隠したいというより、無意識に気づかないようにしている)

相手を責めたりするんですよね。


↑これは人によって違います






わたしも散々やってきました。


相手を変えようと

コントロールすることを。






でもね、相手が変わってくれるのを

待つということは



自分の大切な人生を

相手に委ねてしまっているということ。





相手が変わってくれたら

わたしは幸せになれる…




それってなんだか

嫌じゃないですか?




わたしは、自分の幸せは

自分で決めたいなって思うんですよね。






ただ、


相手に対して


こうなってほしい

なんでこうしてくれないの?


と、思うことは

決してダメなことではありません。






そう思えるってことは


「こんなふうになりたい」


という想いがあるということですからね。にっこり









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