「言わなくても、わかってほしい」
長く一緒にいる相手ほど、そう思ってしまう。
これだけ一緒にいるんだから。
これくらい、察してくれてもいいのに。
ぼくにも、覚えがある。
疲れて帰った日に、
何も言わないまま、
「気づいてよ」と心の中でつぶやいていた。
でも、だんだん気づいた。
長く一緒にいる相手ほど、そう思ってしまう。
これだけ一緒にいるんだから。
これくらい、察してくれてもいいのに。
ぼくにも、覚えがある。
疲れて帰った日に、
何も言わないまま、
「気づいてよ」と心の中でつぶやいていた。
でも、だんだん気づいた。

「察してほしい」は、
やさしさのようでいて、
じつは相手への小さな試験になっている。
わかってくれたら、合格。
わかってくれなかったら、不合格。
そして不合格のたびに、
心の中でそっと点を引いていく。
相手は、テストを受けていることにすら、
気づいていないのに。
どんなに近くても、
人の心は読めない。
それは冷たさじゃなくて、
ただ、別の人間だというだけのこと。
考えてみれば、
自分だって相手の気持ちを
いつも正しく言い当てられるわけじゃない。
だからぼくは、
察してもらうのをやめて、言葉にしてみることにした。
「今日はちょっと疲れてる」
「これ、すごくうれしかった」
たったそれだけで、すれ違いはずいぶん減った。
言葉にするのは、
甘えでも、わがままでもない。
むしろ、
相手に推測の負担をかけない、やさしさなのだと思う。
いちばん近い人を大切にする方法は、
案外、シンプルな一言の中にある。
最近、言わずに
飲み込んだ気持ちはありますか?