お互い大病を乗り越えてきた仲間感みたいなものがある。
話に花が咲くのは、やはり私の父のこと。
田代さんとの出会いは、もう20年くらい前。
父が原作を書いたオペラに出演され、当時歌を学んでいたご縁で共演させて頂いたのがきっかけ。
私なんて手の届かない花形スターのような存在だったけと、とてもフランクで誠実で笑顔がとっても素敵な方。
父もそんな田代さんの事がとても気に入り、オペラの稽古を度々見に来て、こう言う。
「まんみ、田代さんを事務所に連れてきて
」「はい
」行くと、あの父がボルシチやしゃぶしゃぶを作っている。
信じられない

話に花が咲く。
すっかり二人の世界で(笑)
夜も遅くなり、そろそろ…な時間になると、初めて私に声がかかる。
「まんみ、田代さんをちゃんと送っていけよ
」「はい
」…いつも送迎役(笑)
そして、オペラ《赤絵まんだら》。
佐賀の焼き物《赤絵》が出来るまでを、様々な人間模様を織り交ぜられたオペラ。
オペラ公演後、私も田代さんに会えなくなって寂しかったけど、父もとっても寂しかったと思う。
それ以来、ご縁が途切れずに数年過ぎ、父が白血病で倒れた。
きっと父のことだから、自分の死期も悟っているだろう。
「田代さんに会いたか~」と言うまでは、田代さんにも黙っていよう。
父にも「田代さんに来てもらおうか?」と言わずにいよう。
そう決めていた。
父と田代さん、二人の間にはそんな《絆》があるのを感じていたから。
そして、父が田代さんに会いたくなったその時は、父の具合はかなり悪くなっているだろうと、私も覚悟を決めていた。
春先に倒れ、抗がん治療が始まり、秋に仮退院が出来たけど、誕生日の2日前に食べ物を戻した。
誕生日前日に、爽やかに「さーて、病院に戻ろうかね」と言う。
主治医の先生からは「仮退院は許可するけれども、具合が悪くなったらすぐ病院に戻して下さい。
その時は、状態はかなり悪くなってると思いますが、お父様が仮退院を熱望されており、私も止めることが出来ませんでした」と言われていた。
父も覚悟の仮退院、家族も黙ってるが覚悟の仮退院だったわけだ。
折しも誕生日前日に病院に戻っていった父。
次の日、どんな顔して行けばいいのか戸惑うが、あえてプレゼントも買わずにいつもの顔して行くと、やっぱり爽やかな顔をして待っていた。
「よし、まんみ
散歩に行くぞ」と病院内の庭に出ようと言う。その日は風も空も美しく、ほんとに素敵な午後だった。
空を見上げながら、しみじみと、でもほんとに爽やかに、父が言った。
「今日はほんとに良か日
今までで一番の誕生日やった
」と。分かってるんだ、分かってるんだ、もう来年の誕生日は迎えられないって分かってるんだ。
さあ、私は何と言えばいいの?
気が利く事を言えばウソになる。
泣くわけにもいかない。
だって、最期の最期までお父さんには《笑顔》を見せるんだって、自分と約束してるもん。
早く、早く。
何か言わなきゃ。
黙ってたら悟られる。
「お父さん、また来るよ、お誕生日」
…それしか言えなかった。
やっぱりウソついちゃった。
それからしばらくして、父が言った。
「田代さんに会いたか~」
つづく


