「家族が片づけてくれない!」
私が長い間、ずっーと抱えていた悩みです。
こっちがせっせと
モノを片づけても片づけても
テーブルの上には
使ったコップ、ペン、教材
丸まったティッシュ
床にはカバン、脱いだ靴下…
もう、発狂しそう!
ってか、発狂してました
笑
ただ、そういう私自身
出しっぱなし習慣が根強く
そんな私の元で育ったせいなのか
子どもが小さいうちに上手く
「使ったら戻す」を習慣づけてあげていれば
こんなことにはならなかったのか
はたまた生まれ持った仕方ないものなのか
思いにふけっても解決はしません![]()
何度「出したものはしまってね」
「〇〇出しっぱなしだよ、片づけて」と
言っていても
数時間後にはまた、
違うモノが出しっぱなしでキリがない![]()
「何でこんなに言っても協力してくれないんだろう…」
だとか
「これを一生言い続けなきゃいけないの?」
と思うと、
悲しみと怒りで
祟り神のようになってしまいます。
こんな状態から私が
どう抜け出したかというと
『自分だけに集中すること』です。
そういうと、
なんだかストイックな感じに
聞こえるかもしれませんが
どちらかというと
『自分が良ければそれでいい♪』
みたいな、ちょっと自己中な感じ![]()
よく言いますよね
「人は変わらない」って。
そう。
どんなに私が変えようとしても
人は変わってはくれない。
そもそも
『出しっぱなしの習慣』って
『習慣』というだけあって
無意識の領域なのです。
出しっぱなしになっていることすら
本人は気づいていなかったりします
私もそうでしたのでね 笑
なので
それに対して、イラッとしたり
エネルギーをぶつけるのは
独り相撲状態な感じがしてきます。
そりゃあ
「気づいてないから言ってやってんのよ!」
と言いたくもなります。
そういった、正そうという意識から
「気づいてもいないのか、ならしょうがないよね」
という意識へ移行するには
多少時間が必要でしたが
その都度自分がどちらを選びたいのかを選び
「正さなきゃ」を少しづつ手放していくと
同じように伝えるにしても
だんだん祟り神にならなくて済むように
なっていきました![]()
「自分が良ければそれでいい」とは
『自分がどうしたいのか』だけに
意識を向けるように心がけたということです。
そうすると
「アレ?私、片づけを終わらせたと思っていたけど、まだ要らないモノあるかも」と、
まだ残っていたモヤっとに気づけて
そっちに集中できたりしました![]()
モノは日々入りこんで来るので
そういった本当は手放せるモノが
知らず知らず溜まっていたりします。
不思議なもので、
人のことをあーだこーだ考えて
そちらに気が取られてしまっていると
自分のことが見えてなかったりします。
それだと自分がしあわせになれないので
一旦、人のことは置いておいて
going my way します。
私の場合
「心地よい部屋でリラックスして過ごしたい
」が
『自分のしたいこと』だったので
そのためにできることで思いついたことを
行動に移していっただけですが
それにより
私の『したいことへの意識』が
『出しっぱなしという無意識の習慣』
を塗り替えることになったのです。
いつでも部屋をキレイにキープすることが
簡単になったんです
正直、相変わらず
娘達のコップなどの出しっぱなしは
直っていませんが
私がサッと片づけてしまうにしても
声かけをして片づけを促すにしても
以前とはだいぶ違う心境です。
やはり家は家族みんなのスペースなので
みんなが気持ちよく過ごせるように
最低限のルールを設けたり
工夫することは大切ですよね。
でも冷静に
感情的になることなく伝えることが
できるようになりました![]()
自分のやりたいことに集中する
心の満足感が鬼婆のような私の心も洗い流してくれたんですね~。
そして、娘達に起きた
思いもしなかった心境の変化もありました
無印のアクリルケースで
化粧品を自分の好みにディスプレイしたり
お気に入りのコレクションのために
片づけをしたり
こちらが言わなくても本人達の意志で
『こうしたい』をカタチにしていました。
悩んだ期間が長かっただけに感無量です
笑
人は変えられないけれど
誰かが楽しんでいる姿が伝染する
なんてことはあると思います。
暮らしを楽しむ、自分の部屋、大切な趣味を
楽しんでいる姿は
人を変えることもあるのかもしれません
読んでいただきありがとうございます。
MEGU
