こんばんわん、まゆっちです![]()
本日はふんわり暖かな日でした![]()
そんな日でも、胸が詰まったような感覚があるのでじっと感じてると、思い出した小1の時の記憶。
終わりの会で吊し上げられたこと。
まゆっちは学級委員なのに遅れてきたとか、こんなことができてないとか、どーのこーのとみんなの前で責められた。
学級委員のくせに、という言いがかりをつけられて、たわいもないことで悪者にされたんだった。
理不尽で、悲しくて、学級委員だからって優等生じゃなきゃいけないの?ちゃんとしなきゃいけないの?遊んでちゃいけないの?しっかりしなきゃいけないの?自由でいちゃいけないの?私だって普通の人だよ!!って心の中で叫んでた。
そんな感情をグッと閉じ込めて、置き去りにしたもんだから、人生の至る所にそんな感情を感じることが多々あった。
そんな記憶が蘇ってきて、涙が出てきたので言いたいことを朝からパソコンに乱打した。
これが私のセルフカウンセリング。
私は無条件に愛されたい。
知的だからとか、しっかりしてるからとか、まゆっちのそう言うところが好きって言われると、私は、そうじゃないと好きでいてもらえないの?って思う。
私はどんな私も愛されたい。私はバカだし、甘えん坊だし、嫉妬深いし、未熟だし、悪態つくし、いっぱい嫌なこと思うよ。いい人って思わないで、いい人だから好きなんて言わないで、嫌なところがあっても愛してよ。
物分かりのいい大人なんかじゃない、自分勝手だし、わかったふりしてるだけで頭でっかちで、傲慢で、でも、そんな私のことも愛してよ。
いい子でいないといけない、いい人でいないといけない、物分かりのいい大人でないといけない、誰にでも優しくなくちゃいけない、いつも笑顔でいなきゃいけない、怒ったらいけない、理解しなきゃいけない、思いやりを持たなきゃいけない、礼儀をわきまえないといけない、相手を責めたらいけない、全ては自分なんだから誰も悪くないんだから、自分がなんとかしなきゃいけない、相手にぶつけたらいけない。
そんなのいらない。そのままで私を愛してよ、私のこと、いい人だから好きって言わないでよ、条件なんていらない、どんな私も愛して欲しいの。
そして気づくよね。
私自身が、私を無条件で愛してないことを。
私自身が、私を条件付けでしか愛せてなかった。どんな私もいいよって思ってなかった、頭では思ってた、言葉では言えてた、でもどこかでそんな私はダメってしてた。私はこうじゃなきゃって制限してたし、ダメ出ししてた。
まだまだ物分かりのいい大人でいようとしたし、人を理解しようとしたし、腹が立っても気にしてないフリをした。
嫌なものは嫌、わからないものはわからない、腹立つものは腹立つ。
それでいいのにね。
周りから期待された自分を、期待を裏切らないように演じてるようなものだよね。
少しずつ、条件を外していく。
どんな私もいいよって抱きしめていく。
結局は、なんだっていいんだよね。
どんな自分でもいいんだよね。
きっと、これからそれがじわじわと浸透してくる気がしてる![]()
いつもありがとうございます![]()
