先程の配信で曖昧だった部分を(配信後に論文で)確認したので、シェアしておきます。
ちょっとわかりにくいところにあるのですが(とは言え、冒頭の冒頭。それも「中心命題」です)、この部分はあまり掘り下げられることなく、なぜなら個人の「自己変革」から社会の「象徴」等の問題へ拡張されているので、盲点になっているのかなと思います(とフォローしておきます)。
僕自身が先走ってしまい、論文に書いていないことを間違えて臨場感高く読んでしまったのかと反省しそうになっていました。
というわけで、引用は冒頭です(1.序論)。
中心命題
本論文の核心的命題を冒頭で明示しておく。
自己変革とは、望ましい未来の臨場感を現在の現実より高くし、その未来を新たな TCZ として再構成することである。
この命題には 基礎理論を超える二つの追加要素が含まれている。第一に、「臨場感」という概念は元論文の評価関数 V(x, t) のみでは捉えきれない。人間は不快を避けるだけではなく、リアルに感じられる世界へ移動する。第二に、「自己」変革という観点は、軍事文脈における「対象集団の操作」とは反対の方向性を持つ。本論文では、この二つの差異を数理的に定式化する。
これはさり気なく凄いことが書いてあります。
いや、もちろん「中心命題」なのですから当たり前なのですが、、、
自己変革とは、望ましい未来の臨場感を現在の現実より高くし、その未来を新たな TCZ として再構成することである。
ちなみにこの前提にあるのは、「真のゴールは現在の TCZ の外側にある」というものです。
真のゴールは現在の TCZ の外側にある。つまりそれは、現在のアトラクター盆地の外側、現在の可視性境界の外側、現在の自己同一性フレームの外側にある。だからこそ、真のゴールは現在の Ego には直接見えない。
というか、いまこの新しく形式化された苫米地理論を学ぶ方々は幸いです。いろいろなことが整理された後だからです(まあ、その話は良いか。過去は関係無いので)。
「真のゴールは現在の TCZ の外側にある」という宣言からの畳み掛け方がすごいです。
つまりそれは、現在のアトラクター盆地の外側、現在の可視性境界の外側、現在の自己同一性フレームの外側にある。
すなわち、アトラクター盆地の外側、現在の可視性境界の外側、現在の自己同一性フレームの外側と畳み掛けます。まさに現状の外。
というパラフレーズをしたあとで、力強くこう言います。
だからこそ、真のゴールは現在の Ego には直接見えない。
これはきわめて重要です。
Egoには真のGoalが見えず、Selfには見えます。
再掲します。
自己変革とは、望ましい未来の臨場感を現在の現実より高くし、その未来を新たな TCZ として再構成することである。
これって輪ゴム理論ですよね
輪ゴムを両方から引っ張る時に、手を離した方と反対に集まるように、輪ゴムを現状と理想の未来で引っ張りあった時に、どちらの手を話すと、反対側に収束します。自己変革も同様です。
すなわち、「望ましい未来の臨場感を現在の現実より高くし、その未来を新たな TCZ として再構成する」ことが大事、と。
そして、また非常にすごいことが書かれています。
この命題には 基礎理論を超える二つの追加要素が含まれている。第一に、「臨場感」という概念は元論文の評価関数 V(x, t) のみでは捉えきれない。人間は不快を避けるだけではなく、リアルに感じられる世界へ移動する。第二に、「自己」変革という観点は、軍事文脈における「対象集団の操作」とは反対の方向性を持つ。本論文では、この二つの差異を数理的に定式化する。
すなわち、「臨場感」という概念はVのみでは捉えきれず、人は不快を避けるのみにあらずなのです。
人間は不快を避けるだけではなく、リアルに感じられる世界へ移動する。(Dr.T)