アムトラックって鉄道のことです。
通称のアムトラックはAmerica と Track(線路、軌道などの意)の二つの語から合成されたもの
*CALChux - https://www.flickr.com/photos/chuxt/51890858839/, CC 表示-継承 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=153970815による
子供の頃はアメリカのアムトラックというのは、アメリカのトラックなのだと(いや、そうなのですが、車のトラックではなく、線路や軌道のこと)思ったりもするでしょう。
アムトラックです。
我々はArg minトラックと名付けましょう。
アーグミントラック、略してアムトラックです。
いや、鉄道ということでも良いのですが、分岐点がたくさんある鉄道で、瞬間ごとに分岐していて、貨物車両の荷物を軽くしようとしている(現実のトラックも、貨物車両も実際には軽くなりませんけど)(そもそもアムトラックは貨物車両ではなく、人を運びます。貨物車両用の路線を借りて、人を運んでいます)。
まあ、いずれにせよ、イメージです。
ゲシュタルトと言っても良いかもしれません。
という内容のことを先日、タイトルにだけ書きました。
実際にEgoの関数表示を並べて見比べてみましょう。
僕はこれを眺めていると「アブラハムには七人の子」(アブラハムの子)を思い出します。
♫アブラハムには七人の子
ひとりはのっぽであとはちび
みんななかよく暮らしている
さあ、踊りましょう♫
という繰り返されるマントラのあとに「みぎて」「ひだりて」「みぎあし」「ひだりあし」、、、と増えながら、続いていきます。
あたかもボレロにおいて楽器が増えていくように。
*ベッシー校長の追悼文を書きたいと思っていて、なかなか書けていません。僕は直接はお会いすることはありませんでしたが、その影響の裾野(というか境界)にギリギリにいると思っています。ベッシー元校長も(パリ・オペラ座の芸術監督であったとき)またボレロを踊られました。
「アブラハムの子」は英語版だとこんなファンキーに。
余談ながら、アブラハムには七人の子と言うと、アブラハムと神様の夫婦漫才を思い出します。
という記事を以前も書いているので、引用で済ませます!
17:1 アブラムの九十九歳の時、主はアブラムに現れて言われた、「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。
17:2 わたしはあなたと契約を結び、大いにあなたの子孫を増すであろう」。
17:3 アブラムは、ひれ伏した。神はまた彼に言われた、
17:4「わたしはあなたと契約を結ぶ。あなたは多くの国民の父となるであろう。
17:5 あなたの名は、もはやアブラムとは言われず、あなたの名はアブラハムと呼ばれるであろう。わたしはあなたを多くの国民の父とするからである。
創世記の有名な一節ですが、創世記を含む旧約聖書も、福音書を含む新約聖書もかなり面白いです。
知的に面白いというだけではなく、実際にボケ・ツッコミレベルで面白いです。聖書書記もかなり楽しんで書いているのではと想像します。
たとえば、、、、
アブラハムは神様の大言壮語に思わず笑ってしまいます。
喜びで笑うというよりは、嘲笑というか、「またまた神様そんな大言壮語な」という感じでの笑いです。
どうして笑うかと言えば、神様が100歳と90歳の夫婦にこれから子供が生まれると予言したからです。
17:17 アブラハムはひれ伏して笑い、心の中で言った、「百歳の者にどうして子が生れよう。サラはまた九十歳にもなって、どうして産むことができようか」。
というか、そもそも「11:30 サライはうまずめで、子がなかった。」と先にあります。
そしてサラもまた主に対して、反発し、笑います。
18:10 そのひとりが言った、「来年の春、わたしはかならずあなたの所に帰ってきましょう。その時、あなたの妻サラには男の子が生れているでしょう」。サラはうしろの方の天幕の入口で聞いていた。
18:11 さてアブラハムとサラとは年がすすみ、老人となり、サラは女の月のものが、すでに止まっていた。
18:12 それでサラは心の中で笑って言った、「わたしは衰え、主人もまた老人であるのに、わたしに楽しみなどありえようか」。
18:13 主はアブラハムに言われた、「なぜサラは、わたしは老人であるのに、どうして子を産むことができようかと言って笑ったのか。
18:14 主にとって不可能なことがありましょうか。来年の春、定めの時に、わたしはあなたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生れているでしょう」。
18:15 サラは恐れたので、これを打ち消して言った、「わたしは笑いません」。主は言われた、「いや、あなたは笑いました」。
すごくざっくりと言えば、主から男の子をこれから授かると言われて、アブラハムの妻サラは「月のものが、すでに止まっていた」のであり、老人であるのにどうしてこれから子供を授かろうかと笑います。
そしたら、主は「なぜ笑った」と聞き、サラは「「わたしは笑いません」と答え、主は「いや、あなたは笑いました」と答えます。
ほとんどコントです。
このアブラハムがユダヤの民の元であり、キリスト教の先祖であり、アラブの民の祖先です。
ユダヤ、キリスト教、イスラム教はアブラハムの宗教ということです。
アブラハムといえば偉大な祖ですが、その人となりはきわめて人間的であり、共感できるものです。そして神様との距離が近く、神様と友人のように対話しています。その聖書の感触は重要かと思います。
予言通りにアブラハムはイサクを授かります。
そのイサクを燔祭にかけなければいけないという悲劇なり試練がまた彼を襲います。
これも非常に興味深い物語です。
で、Ego関数を見てみると、Arg minトラックに乗っているのは最初は(定理1は)Vです。
嫌度ですね。ちいかわしか浮かびません。
Sayaちゃんの記事です!↓
【V=なんか嫌】に関連しています!
最新の記事にも!!
そして、よくよくみると定理2では荷台の荷物が増えています。
ΣγSです。これは他人との軋轢のようなもの。まっすぐに言えば他人との人間関係の重さです。
ですから、定理2では、「自分の嫌度」と「他人の重さ」が乗っています。
♫みぎて、ひだりて♫
と増えてきます。
そして、定理3では、「自分の嫌」「他人」に続いて、今度は「抽象度」が乗っかってきます。
しかし、この抽象度は荷物は荷物でも軽くする荷物です。
ヘリウムガスがつまった風船が大量に荷物として乗っているのですが、むしろ荷台を軽くしてしまいます。なぜなら風船が持ち上げてくれるから。
それをηAと書くのですが、、、、、、このηをよく見ると
η
なんだか、風船に見えてきます(視えないかっ!)
そうこれは風船なんです。ηAで風船。
そしてよくよく見ると、バンクシーが浮かび上がってきます。
そう、バンクシーの風船なのです!
そして、この抽象度は実は他者との軋轢も軽くしてくれます。
Arg minトラックの運転手さんは荷台のことを見ておらず、ひたすらに自分の荷物が軽くなるようにハンドル操作を繰り返します。
ですから、坂道を上がるよりも、下がる方が楽なのです。そうやってアトラクターベイスンに落ちていきたくなります。水は低きに流れるのです(しかし、ローマの回転式ホース方式を使うと、低きに流れる修正を利用して、水は上がっていきます)(それと関連して、でんじろう先生の毛細管現象での永久機関?!という話が面白かったです)。
*『でんじろう先生のはぴエネ 毛細管現象で永久機関!?』
しかし、一度ヘリウムガスの味を覚えてしまうと、抽象度方向に上がりたくなるのです。
いや、アムトラックは何も考えていません。荷物が軽くなる(最小化する)方向に意思決定をするだけです。ただ、それが抽象度方向上方に移動することに対応するだけです。
アムトラックはある時唐突に、銀河鉄道999になるのです。
「美のTCZ」スクールでは(放課後かな?)このアムトラックが軽くなる体感をワークできました!その意味でも決定的だったと思います!!!!
*アーカイブ販売しています!(そしてなんと任意でセッション付き!)
と終わっても良いのですが、本当はこの話をするつもりでした!!
マルチアンサンブルと言えば、∂であり、これは偏微分ではなく境界の意味です。
そして、境界と言えば、「一般化されたストークスの定理」です。
この定理は端的に言えば「りんごの皮を私に渡しなさい、そしたらその体積の変化を教えてあげよう」(ちょっと違うか)もしくは、「そいつが太ったのか痩せたのかは、中身を見なくても、皮膚の面積で分かるよ」ということです。
ただ、これを単純化すると、
Wikipediaから引用します!
一般化されたストークスの定理またはストークス-カルタンの定理[1]とは、ベクトル解析や微分幾何学における多様体上の微分形式の積分についての定理であり、ベクトル解析におけるいくつかの定理の単純化および一般化である。これはニュートンの微分積分学の基本定理の一般化であり、2次元の線積分を3次元の面積分に関連付ける[2]。
一般化されたストークスの定理によると、向き付け可能な多様体 Ω の境界 ∂Ω 上の微分形式 ω の積分は Ω 全体にわたるその外微分 dω の積分に等しい。すなわち
が成り立つ。Wikipedia
これを絡めて、マルチブリッジアンサンブルを理解するとめっちゃ楽しいという話を昨日の「まといのば講座」で行いました!!
One more thing!!
こちらについても昨日ちらっと話しましたが、このシン・T理論自体が「カーラチャクラ」へのマルチブリッジアンサンブルですか?というド直球のご質問もメンバーから頂きました。これに関して言えば、無記としか言いようが無いのですが、ただ、理論を謙虚に形式化のレベルで理解し、そしてその裏にある構造をDr.Tから直接伺う限りにおいては、Yesとしか言いようがありません。むしろそのような知の体系への圧倒的なアクセス方法だと思います(直接のアクセスではなく、マルチブリッジアンサンブルを構成しているという意味で)。
ですので、「まといのば」としては、そちらに舵を切ります!
乞うご期待!!!













