不良がちょっと更生したりすると、周りはキラキラと評価するというのはどの世界でも同じです。
こち亀でもそんなシーンがありました。両津さんが、不良がおばあちゃんの手を引いて横断歩道を渡ると美談になるけど、優秀な生徒が少し失敗すると周りは叩く、という意味のことを言っていたような、言っていないような。
放蕩息子の帰還(Lost and Found)などもそうです。
ずっとお父様に仕えてきた兄のためには祝福はなく、さんざん放蕩してきた弟が、単にどうしようもなくなって実家に帰ってきたら、お祭り騒ぎです。
兄は父にむかって言った、『わたしは何か年もあなたに仕えて、一度でもあなたの言いつけにそむいたことはなかったのに、友だちと楽しむために子やぎ一匹も下さったことはありません。
それだのに、遊女どもと一緒になって、あなたの身代を食いつぶしたこのあなたの子が帰ってくると、そのために肥えた子牛をほふりなさいました』。
それに兄はむくれます。
そして怒ります。
(そりゃそうだ)
しかし、父なる神はあっさりとサイコパスに返答します。
そして、それがぐうの音も出ない正論!
『子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。
しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』」。
まあ、ここでは放蕩息子の帰還を祝いたいのではなく、ここにあるカラクリを知りたいのです。
いや、イエス様の言う通りです。
カラクリは差分です。変化率です。差異です。
「死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかった」のだから、「喜び祝うのはあたりまえ」なのです(逆に兄に対してお父様が言いたいのは、お前はこの素晴らしい環境が当たり前すぎて、感謝の気持ちを忘れているよということなのでしょう)。
すなわち、死→生、Lost→Found
という差分がポイントです。
放蕩息子の帰還は極端な例であり、端から端です。
ただ、いずれにせよ差分が大事です。
すなわち、不良が更生するには大きな差分が必要であり、その変化率に対して、周りが評価するのです。そこに煌めきがあります(しかし、それは人生で一回きり)。
できないことができるようになるのも差分であり、差異です。
その変化の瞬間、移動の瞬間に煌めきがあり、華やかな光があります。
ですから、輝き続けるためには移動し続けなくてはいけない。
以前はよく「微分と積分」と言ってきました。
微分が変化率、積分が積み上げてきた量です。
そしてその変化率の大きさが輝きになります。
ということは、その変化を持続しなくてはいけません。
ヒーラーは差異を反復させなければいけません(ドゥルーズに殴られろ)。
そんなことを、ちゃんみなさんのNaokoさんへのアドバイスを聞きながら思いました。
努力をやめた瞬間、今言った良さは全部なくなっちゃうから(ちゃんみな)
これはかなり重い言葉です。
歌いながら踊るスキルの高さとその技術の向上に対して、手放しで褒めたあとに、努力を続けて欲しいと、ちゃんみなさんは言います。
そして、その上で「さもないと」が続きます。
いま、めっちゃ踊れて歌えるけど、、、、「努力をやめたら」ではなく「努力をやめた瞬間」というのが肝です。
努力をやめた瞬間、今言った良さは全部なくなっちゃうから。
努力をやめたら、あなたの良さはなくなりますよ、ということではないのです。
やめた瞬間に全部なくなるとおっしゃています。これは重い言葉です。
だからこそ「牛になりなさい」と漱石は言うわけです。
努力し続けなさい、と。
ニーチェも「持続」であると言うのです。
*ムンクのニーチェ
*ニーチェに関してはお馴染みの「天才論」も!
ホメオスタシスの自動操縦でそれらしく生きていくのは簡単です。
しかし、そのホメオスタシスをハックし、差異を生じさせ、正しい方向に正しい場所で努力を積み重ね、それを反復させていくことが我々に求められています。
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放蕩息子の帰還の物語について、今の視点で読み直すとなかなか感慨深いのでは!
抽象度が上がるにつれて、読みが変わってきます。今の読みや読解レベルを背伸びせずに書き記しておくと、自分の変化に(差異に)気付けます。あとはそれを反復していくだけ。
また言われた、「ある人に、ふたりのむすこがあった。
ところが、弟が父親に言った、『父よ、あなたの財産のうちでわたしがいただく分をください』。そこで、父はその身代をふたりに分けてやった。
それから幾日もたたないうちに、弟は自分のものを全部とりまとめて遠い所へ行き、そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果した。
何もかも浪費してしまったのち、その地方にひどいききんがあったので、彼は食べることにも窮しはじめた。
そこで、その地方のある住民のところに行って身を寄せたところが、その人は彼を畑にやって豚を飼わせた。
彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどであったが、何もくれる人はなかった。
そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。
立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。
もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください』。
そこで立って、父のところへ出かけた。まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した。
むすこは父に言った、『父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もうあなたのむすこと呼ばれる資格はありません』。
しかし父は僕たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出してきてこの子に着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさい。
また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい。食べて楽しもうではないか。
このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから』。それから祝宴がはじまった。
ところが、兄は畑にいたが、帰ってきて家に近づくと、音楽や踊りの音が聞えたので、 ひとりの僕を呼んで、『いったい、これは何事なのか』と尋ねた。
僕は答えた、『あなたのご兄弟がお帰りになりました。無事に迎えたというので、父上が肥えた子牛をほふらせなさったのです』。
兄はおこって家にはいろうとしなかったので、父が出てきてなだめると、
兄は父にむかって言った、『わたしは何か年もあなたに仕えて、一度でもあなたの言いつけにそむいたことはなかったのに、友だちと楽しむために子やぎ一匹も下さったことはありません。
それだのに、遊女どもと一緒になって、あなたの身代を食いつぶしたこのあなたの子が帰ってくると、そのために肥えた子牛をほふりなさいました』。
すると父は言った、『子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。
しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』」。








