ヒツジが入っている箱を描くことで、星の王子さまを喜ばせた「ぼく」は調子に乗って、こんな提言をします。
「そうだね、それに、あんたがいい子なら、ぼく、綱もあげるよ。ひるま、それでヒツジをつないでおくのさ。それから、棒ぐいもね」
と。
そう言われて、王子様はひどく気にさわったようです。
こういわれて、王子さまは、ひどく気にさわったようでした。
「つないでおく? へんなこと、考えるじゃないか!」
星の王子さまは徹底したリバタリアンなのでしょうか?
ぼくはあわてて解説します。
「でも、つないでおかないと、どこへでもいっちまうよ、迷子になってさ・・・・」
星の王子さまはその提言を笑い飛ばします。
ぼっちゃんは、また、声をたてて笑いました。
「だって、どこへもいくとこ、ないじゃないか」
そうなのです。
王子様の星はどこへもいくところがないのです(他の星以外には)
星の王子さまの住む星はあまりにちっぽけなワンルームタイプのマンションほどの大きさなので、せいぜいバラが一輪とたまにバオバブの木の芽が生える程度のスペースしかありません(放置しておくと、バオバブの木に星を乗っ取られます)。
「It's a small world.」(小さな世界)ですね。
♫ダンスなんて上手く踊れないけれど
今だけは踊りたい気分
イケてるステップなんて刻めないけれど
誰も見ちゃいないし気にしないで
皆寝ちゃったよ
今夜、世界は僕らのもの♫(King Gnu『It's a small world』)
「It's a small world.」と言えば、6次の隔たりです。
というか、その話をするための前フリでした。
6次の隔たりとは「全ての人や物事は6ステップ以内で繋がっている」ということです。
誰とでも6人介すれば繋がれるという仮説です。世間も世界も狭いのです。
六次の隔たり(ろくじのへだたり、Six Degrees of Separation)とは、全ての人や物事は6ステップ以内で繋がっていて、友達の友達…を介して世界中の人々と間接的な知り合いになることができる、という仮説。多くの人数からなる世界が比較的少ない人数を介して繋がるスモール・ワールド現象の一例とされる。SNSに代表されるいくつかのネットワークサービスはこの仮説が下地になっている。
で、スモールワールズ現象とは「知り合い関係を芋づる式にたどっていけば比較的簡単に世界中の誰にでも行き着くという仮説」です。
スモール・ワールド現象(スモールワールドげんしょう、small world phenomenon, small world effect)は、知り合い関係を芋づる式にたどっていけば比較的簡単に世界中の誰にでも行き着くという仮説である。あえて日本語にすれば(広いようで)「世間は狭い」現象である。
で、何が言いたいかと言えば、僕らが世間の広さを歩いて確認しようと思ったら、6歩も歩けば、世界のEdge(境界線)にたどり着いてしまうくらいの星の王子さまの星なのです。
先日のBootCampでレクチャーの最後に話そうと思っていたのに、完全に飛んでしまって話しそびれたのが、この問題でした。
Rayさんがちらっと取り上げてくれました。
そのときのテーマは「仲間」でした。
平たく言えば、今隣にいる仲間は大切だよということです。
でも、仲間は友だちではないし、仲良しでなくても良いよ、という話です。
そうではなく、適切な距離感と、隣の人々と私は運命共同体という認識を持って、「君子の交わりは淡きこと水の如し」を実践して欲しいということです(あれ?話したような気もする)。
よくフラレた人に向かって「女(男)なんて、星の数ほどもいる」という慰めがあったりしますが、第一に星の数ほども世界の人口はありません。
世界の人口 80億4500万人
星の数 2000億×1000億
私たちの太陽系が属する銀河系には、2000億個の星があると言われています。そして、現在の宇宙には我々の銀河系のような比較的大きな銀河は1000億個以上もあると考えられています。まさに天文学的な数の星があるといえるでしょう。
これは蜘蛛の巣状のネットワークを無意味ながらほどいて、まっすぐにして、一列に揃えた時の人間の数です。
クモの巣の糸をほどいてまっすぐにしてみても、何の意味もないのである(マーヴィン・ミンスキー『心の社会』)
心というものは、まさに複雑きわまる代物であって、それを、ここで始まりあそこで終わる、というような物語の型にあてはめることはできないのである。人間の知能はもつれたクモの巣の中の関係にたとえることができる。クモの巣の糸をほどいてまっすぐにしてみても、何の意味もないのである(マーヴィン・ミンスキー『心の社会』)
しかし本来のネットワークで考えれば、自分の周りにはたかだか6人しかいないということになります。中心から周縁に向かって歩くと6歩なのです。
それは依存するとか、やたらに仲良くするということではなく(いや、仲良くしようとしても良いのですが、もちろん)、適切な距離感とリスペクトです。
別な言い方をするなら、Be Kind!です。
我々は永遠に生きると思って、永遠に関係が終わらないと思って(ギリシャの神々のように不老不死)、長期的関係を築くというマインドセットが大切かと思います。
c.f.♫誰が永遠に生きたいと願うのか?♫Queenは大仏、華厳?「芥子、須弥を入る」「一即多、多即一」 2018年11月22日
そこでの標語はやはり、
君子の交わりは淡きこと水の如し
です。
対概念としての、
小人の交わりは甘きこと醴(れい:甘酒)の如し
も忘れずに!
君子の交わりは淡きこと水の如し、小人の交わりは甘きこと醴の如し(『荘子』山木篇)
*醴(れい)とは甘酒のこと。水と甘酒の二項対立です。
c.f.劇場版(映画)の中だけ、頼りがいのあるジャイアンではなく、映画に出番がない出来杉君を目指す! 2022年02月08日
c.f.能力の輪に引っかかってくるものを、一旦拡張していくという視点はいかがでしょうか〜弱い紐帯の強さ 2023年01月23日
自分の移り気すぎる「気分」から遠く離れて、自分も他人も(Assetsは)長期保有で行きましょう!




