結婚式の時、両親はいつものようにすべてを取り仕切ろうとしたが、私は生まれて初めて勇気を出して自分の意志を通し、親には口出しをさせずに自分たちのやりたい方法でやることにした。
だが、その結果どうなったかというと、まず両親は結婚式にあらわれなかった。
そればかりか、彼らは親戚中に私の悪口をふれてまわった。私は「可哀相な親の喜びを奪ったひどい娘」にされてしまい、家族も親戚もみな口をきかなくなった。
この課題文は先の記事と同じくTOXIC PARENTS(『毒になる親』)からですが、なぜこの2文目は「だが」から始まるのでしょう。
文章を読んでいて、やはり気になるのは「いつものようにすべてを」、そして「私は生まれて初めて勇気を出して」というところです。「親には口出しをさせずに自分たちのやりたい方法でやる」ということがそれほど大変なことというのは、、、、毒親育ち以外であれば、5才児ですら驚くでしょう(イヤイヤ期の2才児も驚愕するでしょう)。
とは言え、ここには大きなパラダイムの壁があります。
毒親育ちと毒親育ち以外の間の大きなパラダイムの壁です。
洗脳の壁と言っても良いかもしれません。
通常の毒にならない親育ちであれば、両親が「すべてを取り仕切る」のが「いつものように」であることに驚きますが、毒親育ちからすればそれが日常なので驚きもしません。
良い大人が親に対して「生まれて初めて勇気を出して自分の意志を通し」ということに毒ではない親育ちの人は驚くでしょうが、毒親育ちからすればそれは本当に勇気ある行為と感じるでしょう(というか蛮勇とすら思うかも、、、もしくは毒が回っていれば、愚かな行為と思うかも)。
メンター養成の読解(Reading)と同じで、情動を廃し、自分の洗脳が発火しないようにして、冷静に読解することです。
家族や親といってもその構成員は人間ですから、人間と人間の交わりとして、発言や行動を精査することです。親だと思うと、その「親」という言葉がトリガーとなって、(毒親育ちにとっては)洗脳が発火します。
このエピソードには続きがあります。
先に紹介した部分も含めて、その全文を引用します。
なかなかひどいです。
(引用開始)
結婚式の時、両親はいつものようにすべてを取り仕切ろうとしたが、私は生まれて初めて勇気を出して自分の意志を通し、親には口出しをさせずに自分たちのやりたい方法でやることにした。だが、その結果どうなったかというと、まず両親は結婚式にあらわれなかった。そればかりか、彼らは親戚中に私の悪口をふれてまわった。私は「可哀相な親の喜びを奪ったひどい娘」にされてしまい、家族も親戚もみな口をきかなくなった。
それから数年後、私の母はガンにかかり余命が短いことを知った。ところが母は、自分が死んでも私にだけはそのことを知らせないようにと親戚中に伝えていた。私が母の死を知ったのは、死後五ヶ月たってからだった。偶然出会った古い友人からそのことを知らされたのだ。父に電話すると、「さぞいい気持ちだろう。お前がお母さんを殺したようなものだ」という言葉が返ってきた。
父はその後も非難の言葉を吐き続け、それから三ヶ月後に死んだ。
(引用終了)
この物語を親子のそれと思うなかれ、と僕は考えます。
その背景にあるシステムにぞっとします。
話を急転回させるならば(結末を先取りするならば)、これだけの人権侵害というか、非人道的な行い(どちらのパラダイムも僕は嫌いですが、他に用語がないので)の背景には、おそらくは先の大戦があるのでしょう。
そこでの非人間的な行為の数々が、というか、その背景にある洗脳の毒が、社会から社会へと伝播したのでしょう。
戦争は遠い日の花火ではないのです(そりゃそうだ)。
チャップリンは「1人殺せば悪党だが、100万人殺せば英雄だ」と言いました。
Wars, conflict - it's all business. One murder makes a villain; millions a hero. Numbers sanctify.
戦争や紛争、これは全てビジネス。1人の殺害は犯罪者を生み、100万の殺害は英雄を生む。数が(殺人を)神聖化する。(チャールズ・チャップリン『殺人狂時代』)
*アインシュタインとチャップリン。あの有名な「私に人気があるのは、誰もが私を理解できるからです。あなたに人気があるのは、誰もがあなたを理解できないからです」が思い出されます。
所属している国が違うというだけで殺人の動機にはなり得ません。支配者層の無策のツケを払って、庶民が殺し合うという状況は異常です。
そしてその異常な洗脳の影が数世代に渡って、色濃く残っているのです。
もちろん洗脳は時間とともに薄れるかもしれません。でも、なぜここで「解毒のすゝめ」をするかと言えば、いま世界規模の戦争の真っ只中にいるからです。この洗脳を次世代に引き継いではいけないからです。
我々が予言したようにMadMaxな世界に突入するので、知的鍛錬と肉体的鍛錬、そして何よりも脱洗脳をしっかりと進めましょう。大規模な洗脳の解毒を。
*ヴァーチャル受講やライブ受講も可能です!!
【脱洗脳&ゴール設定スクール 〜「内部表現書き換え」のリアルな風景〜】
【日時】 12月18日(土)13:00〜18:00
12月19日(日)13:00〜18:00
【場所】 四ツ谷のセミナールーム(丸ノ内線四谷三丁目駅、都営新宿線曙橋駅が最寄り)
【受講料】 230,000円(PayPal決済可能です。請求先アドレスを記載してください)
【受講資格】 「まといのば」のセミナー受講生、メンター生・修了生
【持ち物】 情熱とゴールと筆記用具、動きやすい服装
【お申し込み】お申し込みはこちら!!(フォームメーラー)
*なぜ愛する人を毒針で刺してしまうのか、、、、、それは代々受け継がれてきた毒が自分の全身をまわり、朦朧としており、認知が歪んでいるからです。


