「良いカードを持っているやつがいつも必ず勝つわけじゃない」(Silicon Valley) | 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ

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良いカードを持っているやつがいつも必ず勝つわけじゃない」とは、いまハマっているシリコンバレーというドラマの中でのセリフです。

まさにその通りだと思います。


良いカードを持っているやつがいつも勝つわけではなく、ブタ(ノーペア)でも上がれることはあります。というか、世間を見回すとブタでも十分に機能を果たしている例が多くあるように思います(^o^)

強いて言えば、ブタでもなんでも勝ったやつのカードがもっとも強いカードなのです。
(ダーウィンの言うとおりです)


*お馴染みのセザンヌの「カード遊びをする人々」です。最も高価な絵画作品とされています。


「まといのば」のメンバーは良いカードは持っているのに、もっと良いカードを求めて、さっさとゲームを降りてしまうようにも見えます。

もっとひどい役でもガンガン勝負に出て、勝つことはできるのにと歯がゆく思います(まあ、今秋からはそのあたりをガンガンやります。9月からのテーマは「職業としてのヒーラー」ですwもちろんマックス・ウェーバーのパクリです)。

開業スクールとは違う切り口で、自分が持っているカードで勝つ方法を伝えたいと思います。ポーカーというゲームは(もしくはヒーリングというゲームは)良いカードを揃えるゲームではなく(良いカードであればそれに越したことはありませんが)、心理ゲームの側面が大きいのです(そして、恋愛も心理ゲームの要素が多分にあります。それが明日開催のフェロモン講座ですw)。

機能を果たすとか、価値を生じさせると言ったときに、それは自分視点ではありえず、クライアントの心の中でいかに「機能」なり「価値」を生じさせるかがポイントです。

知的好奇心のままに成長していた楽しい時期が終わったら、社会に役割を果たすという厳しい(けど、もっと楽しい)時期に入りましょう。


まあ、それはともかくこのドラマ「シリコンバレー」は面白いです。
ランダム性や複雑性ということが、いかに全体に影響を与えるかがよく分かります。

プラトン主義のスコラの宮殿では、抽象度やより整合的なモデルが重要ですが、現実の世界ではいかに次々と湧いてくるブラック・スワンを裁くかが大切です。それをまさに痛感させてくれます。

配られたカードと、割り当てられた不運と少しばかりの運と猛烈な努力で泳ぎ渡るしかないのです。


(リンク切れのための更新しました。2022/01/22)

割り当てられたカードということで言えば、われわれは手持ちの気功技術以上に重要なカードはすべての細胞の中に書き込まれている遺伝子です(そしてもうカードチェンジはできませんw)。

ホッブズが面白いことを言っています。リヴァイアサンの中で、能力の平等についてこんな風に語っています。

(引用開始)
《自然》は人間を身心の諸能力において平等につくった。
(引用終了)
*懐かしい引用ですよね〜、寺子屋「政治学」で取り上げました。


*地上の神としてのリヴァイアサン(レヴィアタン)の細胞のひとつひとつは人間です。


人間を身心の諸能力において平等に」というと心身の諸能力がそっくりなクローンが次々と生まれるようなイメージですが、現実はもちろんそうではありません。そしてホッブズももちろんそう考えてはいません。

身長も体重も運動神経もIQもかなりの程度に遺伝子という配られたカードでかなり決まってきます。
配られたカードがそれぞれユニークであるように、遺伝子も同じものは一つとしてありません(ナチュラルなクローンである、一卵性双生児は別です)。

いわば、「みんなちがって、みんないい」(金子みすゞ)です。

もちろんホッブズはそれを百も承知です。

ここで彼が言いたいのは、ざっくりとブラック・スワン風に言えば、心身の諸能力は平均へ回帰するということです。

たとえば力が強いジャイアンみたいなやつがいて、そいつが自然状態において暴力的に全員を支配する、、、というようなことは起こりません。
いくら力が誰よりも強くても、ジャイアンよりかしこいスネオがいて、スネオが寝首をかかないとも限らないのです。
(きっとジャイアンに少しばかり知性があれば、「スネオ、お前もか」[Et tu, Brute?]とでも言うのでしょう(^o^))
かしこいやつの隣には、彼よりも周りを上手に利用できる人がいるかもしれませんし、周りを上手にコントロールできるやつの隣には、生来のカリスマがいるかもしれません。

どの能力に秀でているかは、万人の万人に対する闘争である自然状態においても、あまり関係ないのです。力持ちで暴力的であるから強いわけではないのです。

ヤドリギを守る国王はいつか、次の国王に殺されるのです。



それぞれのカードが配られているけれど、カードの数ということでは平等なのです(中身に関してはポーカーと同じで不公平ですw)(でも巨視的に見れば、フェアなのです)。



カードと言えば、StingのShape of my heartを思い出します。
(大学のころ、この曲で振り付けられた作品を踊ったことがあり、繰り返し聞きました)


(リンク切れのため、更新しました。2022/01/22)

瞑想として、カードを配り、チャンスの神聖なる幾何学の解を知るために、カードを配る、そんなプレイヤーの詩です。

♪ He deals the cards as a meditation

♪ He deals the cards to find the answer the sacred geometry of chance



とはいえ、Shape of my heartと言えば、レオン。
レオンと言えば、ナタリー・ポートマンです。
Leonにおけるマチルダが強烈です。


*ちょい悪オヤジではないほうのLeonです。何度、この映画を見たか分かりません。

その"マチルダ”がスター・ウォーズのパドメ・アミダラとなり、そしてブラック・スワンとなります。いや、ナシーム・ニコラス・タレブのブラック・スワンではなく、バレエ「白鳥の湖」のブラック・スワンですw




で、映画「ブラック・スワン」でナタリー・ポートマンが出会った(そして子供ができ、結婚した)バンジャマン・ミルピエはオペラ座の芸術監督に突然なったかと思うと、突然辞任しました。

特にオチはないのですが、縁起はめぐるというか、不思議な縁がつながっているなと感じます。
いまのオペラ座の芸術監督はデュポンです(かつてのパトリックではなく、オーレリーです)。ルグリさんでもイレールでもなく、オーレリーデュポンというのが面白いです(そのオーレリーは今度、ベジャールのボレロを踊るそうです)。



このブログのオチもないのですが、「良いカードを持っているやつがいつも必ず勝つわけじゃない」というのは、福音であり、絶望でもあります。


福音にするかどうかは、ひとえに自分の考え方にかかっています。
手持ちのカードを良くしようとひたすらにチェンジするのも、大事ですが、それ以上に勝負の流れを読むことが大事です。そしてポーカー・フェイスも。




【参考書籍?】
職業としての政治 (岩波文庫)/岩波書店

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職業としての学問・政治 ─まんがで読破─/イースト・プレス

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ブラック・スワン (字幕版)/作者不明

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ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質/ダイヤモンド社

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ブラック・スワン[下]―不確実性とリスクの本質/ダイヤモンド社

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種の起原〈上〉 (岩波文庫)/岩波書店

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種の起原〈下〉 (岩波文庫)/岩波書店

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世界の名著 23 ホッブズ/中央公論新社

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