むしろ釈迦の思想がようやく2500年経って形式化されたと言えるでしょう。形式化のポイントはかつての「普遍化」と近い概念です。我々凡人も手にすることができるということです。
天才のみが天才的な努力の末に獲得した地平を我々も獲得できるということです。
これが形式化の力であり、サイエンスの力です。ありがたいことです。
縁起のまさに縁は関係であり、マインドマップの線分であり、リンクです。このリンクの実態とはアルゴリズムです。Functionであり、まさに関数です。最近はやりの言葉で言えば写像(mapping)です。
そのリンクとノード(交点)を見ることが情報空間の体感です。縁起マトリックス講座では、その「情報空間を見て、体感し、操作する」という作業を徹底的に行いました。
それに対して今回の縁起書き換え講座(人間関係編)では、人間関係改善の強力な気功技術を徹底的に演習しました。
あまりにお互いに仲良くなりすぎて、軽くテンションの高い飲み会のような雰囲気でした。いつものセミナーと随分雰囲気が違いました。
しかしこの気功(「pieta」)の本質的な理解も含め、カラクリを受講生の皆様には見抜いて頂いたように思います。
以下、フィードバックです。
匿名掲載ということで許可を頂きましたが、かなりディープな内容を明るく書いて頂いています!
引用が緑で、地の文が黒色です。
(引用開始)
今日は縁起書き換え講座ありがとうございました。
とても有意義な時間でした!
早速ながら、感想を兼ねたかなり個人的な長文で申し訳ありません…。。
私は、最近社内で二股をかけられた挙げ句、本人は流行りの震災結婚(これも臨場感?)で、全然違う社外の女性と結婚するという、それこそサルトルのAさんBさん的な状態になってしまいました。
しかもサルトルとAさん(私)Bさんは三人同じ部署なので、仕事はやりにくいし、それこそ表裏一体好きと嫌いと、執着とがごちゃまぜになってなかなか立ち直れない状態で、実は藁にもすがる気持ちで申し込みました…。
サルトルとボーボワールの長く続いた関係は有名ですが、どうやってその恋愛関係という臨場感空間を維持したのでしょう。長続きするポイントはお互いに契約結婚と称し、次々新しい相手を引き入れたことです。
ちなみに恋愛のポイントは臨場感空間の共有です。ロミオとジュリエットが盛り上がったのも、両家の血で血を洗う対立ゆえです。そのような共有された臨場感が無ければ、ただの幼馴染で終わったでしょう。ストックホルム症候群もそうですが、強烈な臨場感を共有するとそれは恋愛感情として機能します。臨場感空間の共有と少しのランダム性(それを幸運と呼びます)によって恋愛は生まれます。
帰る道々、相手の事を考えながら気のボ―ルを相手の足元に置いていくのを想像していたら、背中がすごく熱くなって、肩からぶわっと熱がでる感じになりました。
しかも、胃からせり上がってくるような吐き気がしてきたのですが、これは相手に拒絶されているという事でしょうか?
…という事を考えてしまうのが、まだ自我があるということ??
淡々とやって、ただ自分の状態を上から観察するというがすごく難しいです(∋_∈)。
冷めた臨場感を持つというか…。
相手に直接働きかけるラポールなどの気功技術は有効ですが、相手に鬱陶しがられたり、バレるというリスクがあります。それよりはむしろ相手の臨場感に対して仕掛けるほうが有効です。
それが「足元に置いていく」という技です。
人間関係の気功の技術は対面でも効きますが、気功である以上は、遠隔でもできなくてはいけません。今回の講座でも遠隔でのワークを繰り返しました。
「背中がすごく熱くなって、肩からぶわっと熱がでる感じ」と「胃からせり上がってくるような吐き気」は良いことです。決して相手が拒絶しているなどの兆候ではありません。
気功は施術師とクライアントの両者のLUBに対して書き換えをします。端的に言えば両者の共有する臨場感空間に対して書き換えをします。ですから相手に気功がうまくできているとヒーラー側も変化します。ヒーリングが上手にできたゆえの好転反応です。
彼を取り戻したいというより、自分の中の感情をクリアに浄化したいという気持ちが強いので、これはもう、ひたすらやり込んで、好きも嫌いも通りこした抜けた?状態まで行けるように頑張るのが一番ですね。
彼の中にイエスを見るのはすごく難しいので………マザーテレサはほんとにすごい!(比べたら申し訳ないですが)
今回はどうもありがとうごさいました。
(引用終了)
自分の中の感情をクリアにしたい場合は徹底的に過去の自分と関係改善の気功をするか、また新しい彼を見つけるほうが早いと思います。
嫌いな人を遠ざける方法で紹介したのはマザー・テレサの方法です。すべての人にイエスを見るというのはマザー・テレサのオリジナルの方法というよりは、キリスト者なら誰もが知っている方法です。
例えばマタイ25章40節「あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである」などがそうです。
嫌な人を遠ざける方法は単純です。
嫌な相手、憎むべき相手、嫌いな人を心から愛することです。もしくは神を見る、イエスキリストを見れればマザー・テレサと同じです。定義上、そのとき嫌な相手も憎むべき相手も世界から消えます。
とは言え、それが困難なときは、「無関心」になることです。
マザー・テレサもそうですが、愛の反対は憎しみではなく「無関心」であると言います。
「無関心」とは定義すれば「臨場感が無い」ということです。すべての人に臨場感を持つことは不可能です。愛が良くて、「無関心」が悪いというのは単なる醜悪な宗教洗脳でしかありません。
カルカッタ以外にも貧しきものも病苦にあえぐものもいたし、孤独の中で死んでいく者もいたはずです。
神ではない我々はすべての人に臨場感を共有することなど不可能です。目の前にいる人を隣人として、自らのごとく愛するのがイエスの言う律法の完成としての隣人愛です。
ですから、無関心は積極的に使ってください。彼を忘れ、新しい出会いを求めることです。気功技術Pietaを使いながら。
マザー・テレサが神が見えないというのは、イエスの「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」(神よ、神よ、なぜ私を見捨てたもうか)と同じ文脈で考えるべきかと思います。信と不信は永遠に繰り返す無限ループです。マザー・テレサだけが特別なのではなく、本気で神を信じたいすべての人にある闇だと思います。
Mother Teresa: Come Be My Light/Mother Teresa Mother Teresa

¥1,957
Amazon.co.jp