時々、ブログでも我が家のことをお話していますが、先日ちょっと嬉しいことがあったので、ご報告させていただきますね。
築96年になる母屋は、大山崎にある『聴竹居』と同じ藤井厚二氏の設計なのですが、実は今まで、我が家からその証拠となる物は何も出てきてなかったんですね。なので、99%確かだとしても、100%ではなかった。
そんな中、聴竹居倶楽部代表理事の松隈章さん、住宅遺産トラスト関西の窪添さん、原田さん達のご協力の下、少しずつ家の調査が進んでいました。そして先日は、木々の葉っぱが落ちている冬の間に(家の姿がよく見える時期に)母屋の撮影をと、いつも聴竹居を撮影されている写真家の古川さんにお願い。その日、再び皆さんが、我が家に集まってくださることとなりました。
当日は、家の中から外から、光の入り方や構図のディテールにこだわった撮影が、朝から夕方まで続きました。プロのカメラマンさんに妥協はありません。見学させていただきながら、その根気と体力に、ただただ脱帽でした。
そして、再び家の調査が進む中、だんなが納屋から出してきたダンボールの中に、古い古い書類の束がどっさり入っていたのです。
そこにはなんと、だんなの祖父、永井専三さんと藤井厚二氏との膨大な数の手紙のやりとりが挟まっていました。メールなど無かった時代、細かなやり取りはすべて手紙で行われており、建具など細部の作りこみ方やカーテンの話に至るまで、藤井氏の直筆で専三さん宛に綴られていました。
手紙の一部です。いったい何年前のお手紙になるのでしょう。手にとった時は、正直かなりドキドキしました。
文面は達筆すぎて私には読めませんが、部分的には理解できて、とても面白いです。さらに、聴竹居も手掛けていた酒徳金之助という名工の大工さんが関わっていたことも、書面により判明しました。
そうそう、私のだんながホームページのパピエストーリーに、古い書類が見つかったことを詳しく書いています。そちらも読んでいただけたら嬉しいです。
“story30.使者が呼び寄せた、お宝発見!” → ♪♪♪
何年前だったか、二階の納戸部屋を整理した時に、大きな箱から先代の写真やら資料やら手紙やらがたくさん出てきて、それらをダンボールに入れてどこかにしまった記憶はあったのですが、ずっと違う場所ばかり探していました。全然出てきてくれなかったその箱が、たまたま聴竹居倶楽部の松隈さんが来てくれた日に出てくるなんて、、、なんというか、松隈さんには藤井厚二氏が付いているとしか思えません。そしてさらに、私のだんなには先代の専三さんが付いていて、その日に箱のあるところへだんなを誘導したんじゃないかなぁ、、、などなど、ついついそんな風に妄想が止まらない一日でありました。笑
これらの書類や手紙は、再びこれから紐解かれ、さらにいろんなことが分かってくると思います。私も、この古い母屋のあれこれに関われることがとても嬉しいです。
ではでは、また時々、家の話もさせてくださいね。あ、パリレポの続きも、また更新していきますね(^^)
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さて、先週は、私の誕生日やら、姪っ子の結婚式やらで、美味しいものをいただく機会が多く、幸せに過させていただきました。
誕生日は、だんなと一緒に和食店へ♪日本のお料理は、季節感が溢れていて良いですね。しっかり春を味わいました。
そして、姪っ子ちゃんの結婚式も本当に和やかで素敵なお式で、幸せいっぱいいただきました。お祝いに書いたウェルカムボードも、こんな風におめかししてエントランスに
新郎新婦にも喜んでもらえて、とてもハッピィでした
、、、というわけで、連日ご馳走をいただいたので、昨日も今日も、夜はおかゆベースの晩御飯です。あんまりご馳走ばかりだと胃もびっくりしちゃうので、今週はあっさりしたもので済ませたいと思いま~す(^^)





