タナハシです。
昨日は芸術を嗜んできました(笑)
しかし、京都に行きたかったもうひとつのホントの理由。
それは、大切な人の顔を見に行くこと。
結婚教育を、棚橋美枝子を常に常に変わらぬ思いで支えてくれる友がいます。
彼女との繋がりの中で常に思うのは、その思いが出会った時から何ひとつ変わらないということ。
結婚教育熱が高くなるとか、低くなるとか、モチベーションが上がるとか下がるとかない。
常に常に同じ思いで一定量以上の一定量を注いでくれる親友です。浅い表層の関係ではなく常に深いとこで人との関係性を構築していくそんな人です。
そして、その関係性作りは私にだけではなく沢山の人とそのような関係を構築できる人なのです。
なので、言ってみれば帰るべき場所、最後の味方は家族だけというようなものではなく、家族ともきちんと自立した関係性を構築しているのが見ていて心地よい友です。
そんな彼女から11月27日04:38早朝にメッセージが届きました。「電話をしてよいか?」と。
たまたま講座を作るために早起きをしていたので、いつも通りの経営者談義だと気軽に電話を受けました。
しかし、話は予想もしないできごと。
お嬢さんにガンが見つかった。それも最悪ともとれる事態だと。
私は常に結婚教育の中で、生と死について語ります。人よりも生老病死についての薀蓄を語り、人よりも生老病死そのものを意識して生きていると思っています。
しかしながら、親にとって、とりわけ母親にとって子どもは自分の命よりも重く、自分が先に逝くことを当たり前としていますから、娘さんのその現状を目の前にする彼女の心中を察すると私も強い動揺を覚えました。
その翌々日に病院へ。
お嬢さんは根治的な手術ではなく対処療法としての手術を終えたばかりでしたが笑顔で私を迎えてくれました。
パパの一人娘さんへの思いは憔悴した表情から汲み取れました。
親友と話をしました。
「きついですね」と語りつつ現場を様々教えてくれました。
そこから彼女と「治療方針」についてと「家族や周りの方々とのやりとり」について、様々にお互いの思いを伝え合いました。
私はドクターでもナースでも医療情報の提供者でもない、彼女の友として共に一喜一憂するひとりの同じ母として答えました。それしかしようがなかったからでありますが。
年内に2度ほど病院を訪れ友と語り合い、翌年、昨日が初訪問でした。
彼女のお誕生日であり、彼女がSNS上において現場を公開した日でもあったので、どうしても顔を見たかった。
お嬢さんともしっかり色々な話しができました。
そこで改めて感じたこと。
2人は「病気を抱える家族」というのではなく、「癌のステージを一段階ずつ下げる」そんな具体的な共通目標に向かい進む同志のようでした。
いつまでにここまでに回復する!目標設定は「生きる」そして「社会に復帰する」そして「QOLを良い状態に整える」
しかも、このQOLというのは、お嬢さんだけのものではなく、母である親友にとってもです。
また、彼女たち親子が大切にしてこられた人々が彼女たち親子をいかに支えているのかも、よくわかりました。
疎遠になってこそいたけれど、彼女たち親子との縁が、この闘病により復活した方のすべての愛で部屋中がお嬢さんにパワーを送るように飾り付けもされていました。
お嬢さんはかわいいネイルをしていました。
親友も変わらず美しかった。
それは何故か?2人が戦っているから。
それは病気と戦っているというよりも、今まで通り、今までと何ら変わらず、目の前の目標にむけて「今に生きること」だけなのだと感じます。
だから周りに集まる人たちの思いも同じ。
ただ、同じ目標に向かい、今に生きること、今の自分に出来ることをするのみ。
私は結婚教育の中で、生きたようにしか死なないと、よく伝えています。
しかし、それは今という目の前の結果はそれまでの原因でしかないのだと改めて強く感じました。
私もそうですが、お見舞いに行きたいという思いの中にお付き合いや社交辞令の人は誰もおらず病院へ集まる目的は、具体的にどう戦うか?具体的に自分には何が出来るのかを探しにいく場所。
なので、当然にして無用な涙や感傷などありません。
ただ戦うのみ、そこは未来をいかに構築するのか?という戦場なのです。そこに選ばれた同志や戦友が集う場所が彼女たちのいる病棟です。
昨夜も親友とやりとりをしました。
「難なくば有り難きことはなし」
われわれの「ありがとう=有難う」という言葉は難有りてと書きます。
困難、トラブル、想像しないこと、辛いこと、切ないこと、痛いことを経験してこそ「ありがとう」はホンモノの言葉になるのかもしれないと思いました。
そして、癌が2人に1人の時代。さらに言えば若年者の癌が増えており予測できない出来事ではなく誰の身の上にも当然のように起きてくる時代。
親友とお嬢さんだからこその「使命」のようにさえ思えました。
我々にいかに生きるのか、普段から心をどうするのか、魂の清らかさこそが最悪と思える事態の中でも最善最良を生み出す。
口先で批判したり、困ったり、意見したり、良い人のようにふるまうことは容易なことです。
しかし、彼女は常に誠心誠意、正直です。
私は、彼女たち親子の使命を果たす姿を見届けるその証人に立候補しました。
こんな方はおられないと思いますが、どうか彼女たちを見舞う時には、涙をこぼしたり同情したり、小難しい顔をしないでください。
大きな声で喋って、大きな声で笑って、彼女たちの使命を私たちも同じ使命としてどう果たす?そのことだけを考えて、運気アップの存在として我存在したいと願います。
今に生きる❗️私たちはどんな時も今に生きることに誠心誠意取り組んでいきたいと思います。そして常に運気を最強にしていきたい。
彼女が、こうメッセージをくれました。
『Facebookに今日書いておられましたが、結婚教育は人生の当事者研究から生まれるもの。
本当そう思います。
今回の経験を経て
結婚教育をどのように捉えて語る自分がいるのか
今から楽しみです^ ^』
私もよりよく生きる同志として、結婚教育を本当に未来あるものに育てるという使命に生きます。
あの人がこー言ったとか、これはこうあるべきだとか、あーするべきだとか、そんな小さな結婚教育ではなく、「未来に向かって強く生き抜く為の学び」と結婚教育がなるように私も多くの方との関係性の中で挑戦し続けます。
今日一日、明日一日、今ある一日を握りしめ生きたいと思います。