恋愛した結果、結婚に向かう恋もあれば、終わりに向かう恋もあります。
望まない別れに至っても、人生において本当に必要な恋を経験できるという幸運に巡り合うことが時としてあります。
先日、ある20代の若者から、こんなご相談がありました。
交際しても長続きしない。
なぜか数ヶ月で終わってしまう。
何故なのだろう。
自分のどこが悪いのだろうか。
おそらく、それまで彼は、数ヶ月で終わる交際の原因は、偶然なのか、それともお相手に原因があるのか、薄々自分なのか?と思っても、見ないふり、なかったふりにできていたのではないかと考えます。
しかし、今回はそうできなかったので結婚教育相談員の私に連絡をして下さったのだと考えます。
私が彼に伝えたのは、
あなたの人生にとって、この恋は必要不可欠なものであったということ、しかもこの機会に巡り合えたことの超強運についてです。
人間は歳を重ねれば重ねるほどに、傲慢さの塊のようになってしまうことが多々あります。
傲慢さは幼さとワンセットともいえるでしょう。
人は、仕事がそこそこうまくいき、お金をそこそこ持ち、そこそこの立場を持つと、自分の中に、どっさり隠されているお題となる大切な変革の部分を認めることができなくなるものです。
人は、地位や名誉という仮面や鎧を持つことで、目の前の事実に隠されている真実に目を向けて考えることができなくなるものです。
それを認めるということは心が痛む。
痛む心を見つめ切ることができないからです。
何かが起きた時に、軽々しく謝罪という体裁の良い方法や、原因を誰かのせいにしたり、なかったことにしたり、自分の正当性を主張したり、自分にとって都合の良い言い訳をしながら完全武装をはかるのです。
もうそんなことを当たり前にしながら中高年層世代に突入なんぞしようものなら、どれほど変わりたいと望んでも死ぬまで変われないように思います。
しかしその原因は、自分の中に答えがあると潔く認め、認めるだけではなく自分自身を見つめきり変革改革に真摯に挑戦出来ないぬるま湯人生を選択してしまった結果であると言えます。
イカしたオトナは、若い時分に、目の前のうまくいかないことにある原因とその本質に対峙し、その中にある自分という存在の、ど真ん中の最下層に隠れている答えを見出す。
今回の恋は彼にとって大人の男性になるためにまちがいなく必要不可欠なものであったと言えます。
恋愛は、自分の努力、根性、気合い、能力、学歴、職歴、年収、段取り、真面目さ、几帳面さだけではどうにもなりません。
結婚生活となるとお相手も打算や妥協できる人もいますが、恋愛は結婚と比較した時に容易に終わらせることができるものです。
今、彼はオトコを、いえ人生を磨く最大のチャンスを手に入れていると言えます。
中高年になって深みのある人生を生きる人たちは、人生の中で、努力と根性、才能だけでは手に入れることのできない自分の壁にぶち当たるという慟哭を経験しているのではないでしょうか。
そして、その人生の中でうまくいかない原因に社会や他人や、自分を取り巻く環境のせいにしないで向き合った結果だと言えます。
人生という道は長い。
じっくり考えて進みましょう。
今回は女性版ですが、また男性版で、ぜひお待ちしております。



