うんと泣いたら、うんと強くなる  その③ | nurseだけどスキルス胃がんステージ4患者のlovedog-9267のブログ

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nurse人生はや26年 准看からなら30年
妻で母でnurseな日々の感じた事を時間のある時に綴って行きます((´∀`))
追記:2018 4月 スキルス胃癌 肺癌性リンパ管症と診断。
様々な立場から投稿していきたいと思います。

その③です。

 

31日、きょうは大晦日。

太陽が昇って来た頃に、その太陽の両側に虹が出ていました。その虹を見た瞬間、妻が大好きだった愛犬のリリーちゃんとメグちゃんが、虹の橋の上から妻を見守っているのだと感じたので、リリーとメグに「ママを守ってね!」とお願い。

 

とても感じの良い栄養士さんから「今日の夕飯は年越しそばだけど食べられる?」と聞かれた妻は、「はい、食べます。元旦はお雑煮も食べたい!」って。

今日も朝から普段通りに元気があって良かったと、一安心の一日の始まりでしたが…。

 

妻の身を案じて何度もお見舞いに来てくれる娘のフィアンセが、家族みんなで一緒に新年を迎えたいとのことで病室に泊まりがけで来てくれることになりました。

妻が大好きなケーキ屋さんのケーキを、年越しのお祝いに食べさせたいと二人でバスと電車を乗り継ぎ地元に戻って購入し、病院へとんぼ返り。そんな彼には頭が下がります。

 

午後2時過ぎに、なんと主治医が診察に来て下さりました!

主治医は年末休みに入っているにも拘らず、「奥様の容態が気になったので診に来ました。レントゲンやCT画像や血液検査等の結果も全て目を通しましたが、特に悪化している所はなく横ばいのままなので大丈夫でしょう」とのこと。

主治医からのこの言葉を聞いて、妻も私たち家族も大いに安堵できた次第でした。

 

午後6時過ぎに夕飯の年越しそばが配膳され、緊急入院してから何も食べられなかった妻が食べると言い出して、ほんの少しだけでしたが「美味しい」と言いながら海老天とおそばを食べました。

少し間をおいてから娘が「ケーキ食べる?」と聞くと、「うん、食べる」と言って、これも「美味しい!」と言いながら、食べさせている娘に満面の笑みを浮かべながら三分の一ほど食べました。

久しぶりに見る妻の笑顔が素敵だったのでスマホでパチリ。

 

 

 

日付が11日に変わって新しい年を家族一緒に迎えられました。

容態が急変したのは午前2時。

呼吸困難で苦しみ始めたので看護師さんを呼ぶ。

娘と私とでベッドの両側から優しく身体を擦ると「やめて、触らないで」と、かすれたようなか細い声で拒絶。

身体を触られることによってパニックが助長されてしまうからだと娘からの説明。

 

看護師さんが処置を施すと「迷惑かけてごめんなさい、ありがとうございます」と、もう声を出すことすら苦痛なはずなのに何度も言う。

 

 

3時過ぎに、妻があれだけ使うことを拒んだ「鎮静剤を打って欲しい」と娘に懇願。

娘が妻に「鎮静剤を使ったらこのまま眠り続けてしまう可能性があるよ」(これを使えば亡くなる可能性が大と言う意味)と。

妻は「それでもいい」と。

娘が看護師さんにそれを話すと、看護師さんが「主治医から使用許可が出ているか確認した後、薬剤を準備して持って来るので少し待っていて下さい」と言って退出。

 

暫くすると「ありがとう」と、か細い声で妻がひと言。

目を閉じて、もう身体を動かすこともせず、じっとベッドに横たわる妻の顔からどんどん血の気が引いてゆくのが解りました。

額に触れると既に冷たくなり始めている。

娘も私も「ママ!ママ!」って泣き叫ぶ。

どんどんどんどん冷たくなってゆく妻の顔。

「ママ!ママ!ママ!」とパニックになりながら何度も何度も泣き叫ぶ。

 

もう意識もなかったようで、既に呼吸もしていないし、さらに冷たくなってゆく妻の顔。

すると突然、じっと閉じていた目が開き、私と娘を交互に見て、また私を見てから安心したかのように目を閉じました。その目からは一筋の涙が伝っていました。

 

時刻は午前353分。

享年50歳、妻は永眠しました

その顔つきは、とても穏やかで優しい表情でした。

あれだけ嫌がっていた鎮静剤を使わずに済んだのも、妻の気力だったと思います。

 

当直医が死亡確認に来たのが午前42分。

この時刻が死亡診断書に記載される時刻になります。

仕方のないことですが、妻も私ども家族も信頼しきっていた誠実な主治医に看取って貰えなかったことが残念でした。

 

暫くの間みんなで泣きじゃくりましたが、早急にやらねばならぬことがあるので涙を堪え、エンゼルケアは娘とフィアンセと私の3人で行いました。

綺麗に身体を清めてから、万が一を考え娘が用意しておいた妻が好んで着ていた洋服に着替えさせて、最後の化粧は娘が一人で行いました。そのメイクは、まるで本人がいつもしているメイクと寸分違わずの仕上がりでしたので、ニコッとしながら起き上るのではないかと思ってしまいました。

心の中ではそれが起きて欲しいと望んでいる自分でした…。

 

 

以上、愛する妻の最期の瞬間までとエンゼルケアまでを、ありのまま纏めてみました。

かろうじて妻の一つ目の目標である「新しい年を迎えること」だけは、本人の気力で叶えられました。

 

その④に続きます。