夜の電話というのは、固定電話だろうが携帯であろうがドキリとするものです
ことにこの歳なので
実母が亡くなりました
88歳米寿
どうしたものか、ワタクシは
母とは折り合いが悪くて
ずいぶんと長く疎遠となっておりました
子供達が小さい頃は、お決まりの休暇に顔を出していただけ。日帰りで
常に何かしらの今でいうモラハラ的な言葉をいただいておりました
思い返せば、更年期の頃からだったかも…
気を使わなくていい実の親子だからこその無遠慮な言い回し
一番忘れられないことは
母が脳梗塞、妹が骨折でほぼ同時に入院という事があり、妹を送りつつ母の付き添いという日々がありました。
私は職場の上司とケンカに近い状態で無理やり休みをもらっていたのです
二人が退院した後のこと
私は何もしてくれなかったと叱られました
そして、お見舞いをいただいた方々へのお礼をして回っていた母は
夫の実家へも行くと言ったので連れて行きましたが…それも私に手渡すと盗られるから直に渡したいとの事で…
そんなふうに思われてたんだなと
それでなくとも、実家でくつろぐなんてことはなかったのですが
以来、ほぼほぼ私が実家に行くことはなくなりました
父の墓参りに行く時も、立ち寄ることもしませんでした
妹とは普通に交流していましたが…彼女がどこまで理解していたのかはわかりません
でも、彼女が母を大事にみてくれたのは確かです
(口の悪い母が時々被害妄想で喧嘩もしていましたが)
最近では認知症かな?な言動で完全に現在のワタクシはそこにはいなかったらしく
子供の頃の私を探してはいるようで、たまに私の娘に電話をしていました
(娘の名前が連絡先の始めの方だったので)
今の私がそこにいると気がついた時は、それまでニコニコしていても急に不機嫌になっていました
それでも
親はいつまでも生きていると信じてやまなかったように思います
父は早くに旅立っているのに。
不思議なのは
急な事もあってか、父の時よりも動揺しているのです
葬儀でも、今はメモリアルでスライドや写真などが飾られるんですが、やはり急死で妹も動揺していて、用意がスムーズとは言えなかったようで
妹の夫や私の写真がほぼなかったのです
(妹の夫とも折り合いが悪かった)
式自体はとてもよい式で、感動もありました。思い出にも浸れましたが
やはりそこには母の思いがあったのかなとも感じている私もいます
そして、そんな写真たちを見ていてもなんの感情もなかったのも事実で…
楽しい日々でよかったな、と思うだけで
むしろ娘たちが不思議そうでしたね
なんでないんだって
そりゃ、離れて暮らしてりゃ写真なんて、ないですもんね
なんてことを書いてるってことは
無意識で気にしてるってことかしら?
いろんな想いがあるような
でも、なにもまだ実感がないような
もっと悲しさや悔しさや怒りが湧くかなと思ってたけどそれもなく
ただただ、終わったんだなとそんな今日この頃の気持ち
ちょっとずつ文字にしてみようかと
葬儀が終わって、やっと思うようになってきました
頃は年末
またちょっと書きにくるかもです
