忘れないうちに、まとめることができた考えを記録しておきたいと思います。
でもその前に、今日は写真がなくて寂しいので先日娘の学校の歓迎遠足の日に作ったお弁当のおにぎりの写真を…
以前パンダを載せたことがありましたが、今回はペンギンです(笑)
このシリーズが好きで、未だに弁当の日は必ずどちらかのおにぎりを作っているのですが、ペンギンは寝かせて冷ますとちょっと崩れそうなので、座らせて冷めて形がしっかりついたあとに寝かせて蓋をしています。
使うのは年に数回なのですが、ほかの型も欲しくなってしまいます^^ゞ

アーネスト ペンギンおにぎりベビー A-76705/アーネスト

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さて以下長文です。
突然片付けの話なんてなんだろうという感じですが、地震以来いつも、頭の中で片付けのことばかり考えてしまっていて、終わらないんです。
と言っても地震関連の片付けは終わっていますし、我が家はもともと物が多いわけではなく、少ないわけでもないのですが、なぜ”終わらない”と感じるのだろうと先日ふと考えた時、片付けのペースがゆっくりであることに加えて
『私は何をどう片付けたいのか?ゴールを決めていないからではないのか』
ということに思い当たりました。
片付けや収納がブームだから気になるのかな?などと考えてしまっていましたが、これまでゴールを決めないまま、ただなんとなく整理したり片付けていたからかもしれません。
■なぜ片付けようとしているのか
でも次は、終わりが見えないにしても、そもそもなぜ片付けのことが頭の中を占めてきたんだろう?と疑問に。
我が家には買ったけれど着なかった服とか、使わなかった道具というのはほとんどないんです。
それを突き詰めたら、やっと問題が見えました。
それは『役目が終わったものでも捨てられない』ということ。
例えば短大のテキスト、もう今使っている家具に合わなくなってしまった収納、可愛い端切れ。
本はだいぶ処分しましたが、それでも手放せていないものが多くあります。
地震で避難している時に、【もし家が倒れるとしたら何を持ち出すか】というのを考えた時、家の中にはこれからの人生にいらないものが多くありました。
それでも時間が経てばその気持ちが薄れてきた部分もあるのですが、『これからの人生に絶対に必要でないものの処分をすることですっきりする』のかもしれません。
これまで置き場所に困っていなかったから捨てずに来たものでも、地震がきっかけとなって、”必要ないものは片付けなきゃ”との想いが出てきたのだと思います。
■私の片付けの最終的な目標
そういえば父の仕事の関係で転勤が多く、社宅の建て替えなどで一時違う場所に移ったり、家を建てて引っ越した時のも数えれば、二十歳までに10回近く引っ越しています。
特に子供の頃は心配性の度が過ぎて、よく”私が死んだら見られたくないものは捨てておこう、でも生きている間は手元に置いておきたい、とは言え突然何かに見舞われるかもしれないし…”などと考えていたのを思い出しました。
今でも地震関係なくいつ死ぬかわからないから後悔しないように過ごさなきゃとふとした時に感じます。
そういうことから、大げさかもしれませんが多分”自分が死んだあとのことの片付けも気にかかっている”ということを再認識。
こうやって書きだすことで頭の中で整理され、ゴールがはっきりしたので、3か月間、捨てたものを書き込める手帳を買ってみました。
(ところで、お菓子の型は別。
数年前に一度整理していて、どれもしっかり使っているためです。
そしてこれだけは、私が死んでも娘が使わないならば子供たちの手間にならないよう、小型金物や廃家電の日にまとめて出せるようある程度分けて収納しています。
…なんて、そんなすぐに死ぬ予定はないのですが、だからこそ末永く食べるために歯の検診は毎月欠かしません)
数か月後、自分の生活や人生に必要なものだけを残すことができたら、またひっそりと記録がてら書くかもしれません。
それくらい処分できているのが目標です。
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問題:役目が終わったものでも、もったいない精神で手放せないこと
目標:これからの人生に必要なものだけを残し(それらは分別しやすいように整理して)身軽に暮らす