まりこです。
今日もこの記事を開いてくださり、ありがとうございます。
この記事が、
「どうして私は動けないのだろう」と
長いあいだ自分を責めてきた、その見方が、
ほんの少し揺らぐ時間になればと思っています。
動けない自分を、何度責めただろう
頭では分かっているんです。
やりたいこともあるし、
変わりたい気持ちだって、
ないわけじゃない。
・それなのに、なぜか動けない。
・足がすくむような感覚があって、前に出られない。
・気づけば、今日もまた同じ場所で立ち止まっている。
そんな自分に対して、
・「怠けているだけだ」
・「私には意志が足りないんだ」
・「やっぱり私はダメなんだ」
そうやって、
何度も言い聞かせてきた人もいるかもしれません。
でも、その「ダメだ」という前提自体、
そろそろ一度、
置き直してもいいのではないかと感じています。
比べられる空気の中で身についたもの
これまで生きてきた中で、
・誰かの物差しで測られるような空気や、
・結果を出さないと居場所がないように感じる場所に、
長く身を置いていたことはありませんか。
そんな緊張感の中にいると、
人は知らず知らずのうちに、
「自分の出方」を調整するようになります。
・出過ぎないように気配を消す
・目立たないように振る舞う
・波風を立てないように言葉を飲み込む
・自分が我慢すればいいと選んでしまう
その選択は、決して間違いではありませんでした。
むしろ、
その場をやり過ごすためには、
とても現実的で、
賢い判断だったはずです。
恥・比較・我慢は、考えではなく身体に残る
ここで大切にしたいのは、
これは
・「考え方」
・「性格」
だけの話ではない、
ということです。
・恥をかいて顔が熱くなった記憶。
・誰かと比べられて、身体がキュッと縮こまった感覚。
・言いたいことを飲み込んだ瞬間の、喉が詰まるような息苦しさ。
こうした体験は、
ただの思い出として消えるのではなく、
身体の反応として残ることがあります。
・気づくと肩や背中に力が入っている
・呼吸が浅く、胸の上のほうだけでしている
・何かを選ぼうとした瞬間、身体が先に「待って」と止まる
もし、「動こう」と思っただけで、
理由の分からない重さがズンとかかってくるとしたら──
それは、
あなたの意志が足りないからではありません。
過去にあなたを守るために、
身体が覚えたブレーキが、
今もそのまま働いているだけなのです。
「怠け」ではなかったという再定義
ここで、
いまの身体の反応を、そのまま眺めてみてください。
動けないのは、
・サボっているからでも、
・気合が足りないからでもないのかもしれません。
止まることで、
あなたはずっと自分を守ってきた。
・これ以上傷つかないように。
・消耗しきってしまわないように。
・自分をすり減らさないように。
あなたの身体は、
かなり忠実に、その役目を果たしてきました。
その仕組みを知らないまま、
「どうしてできないの」
と責め続けてきたとしたら、
その時間は、
やっぱり苦しかったと思います。
これから必要なのは、無理に動かすことではない
ここから先に必要なのは、
・無理に自分を奮い立たせることでも、
・前向きな言葉を上からかぶせることでもありません。
まずは、
「私は怠けていたわけではなかったんだ」
という事実を、
頭だけでなく、
身体の感覚として受け取ること。
止まっていた時間にも、ちゃんと理由があった。
守ってきた歴史があった。
それが少し腑に落ちてきたとき、
人は初めて、
次の一歩を
「自分の選択」として考えられるようになっていきます。
そして、
この感覚を知ったあとも、
これまでと同じように自分を扱い続けるかどうか、
もう一度、
選び直してもいいのかもしれません。
今日、ひとつだけ観察してみてください
もしよければ、
今日はこれだけを意識してみてください。
・動けないとき、身体はどんな反応をしているか
・力が入りやすい場所はどこか(奥歯、肩、みぞおちなど)
・呼吸は浅くなっていないか
答えを出す必要はありません。
良い悪いを決める必要もありません。
「あ、いま身体が固まっているな」
そう気づくだけで、十分です。
身体が教えていることを、置き去りにしないために
この記事を読んで、
「もしかしたら、自分を責めすぎていたのかもしれない」
そんな感覚が、胸のどこかに残ったら。
公式LINEに【再定義】と送ってください。
そして、もし言葉になりそうなら、
「首の後ろがずっと重かったです」
「気づくと息を止めていました」
そんな一言を添えてもらえたら嬉しいです。
短くても大丈夫です。
身体と心のズレを、
ここから一緒に、ほどいていきましょう。







