昔はいろいろと本を読み漁ったり、神社仏閣パワスポ巡りをしていた時期もあった私だが、ここ数年、少し距離を置いていた。
いろいろと大変な現実に押し潰されそうになったり、嫌な思いをしたりもあったのだが、まぁピンと来るものもあまりなく、意識も向かなかったので放置していた。たまに気が向いたりもあったが。
1年ぐらい前にちょっと左足をひねって、甲の側面を骨折してしまい(どんだけヤワなんだか、まぁ必要なタイミングだったけど)、仕事も休み、ヒマしていたので、久しぶりになんかセッションでも受けたくなって、何となくブログ検索していたら、とっても面白いブログも沢山あり、ありがたいことに最近は比較的受けやすいお値段で、SkypeやZoom のおかげでちょっと田舎街の私には嬉しい遠隔セッションも沢山あり、ヤッホーいとテンション上がりまくり。
どれがいいかなぁ。。と思っていたら、ぽんっときた言葉が
「心のままに、
いろんなセッションを受ければいい」
いろんなセッション。。?
そうだな、高額なものは無理でも、あれこれ考えずに、やってみるのもいいかな。。
まだまだ古い観念がよくおじゃま虫する私だし、以前は「あちこち渡り歩くのは良くない」とかで、クライアントを固定しようとするセラピスト側も少なからずいたので多少抵抗はあったが、最近はそういうセラピストも減ってきているのか、私が受けたセラピストさんたちは「いいですねー」とか言ってくれる人ばかりなので、ちょいちょいと自分の思うままにセッションを受けていた。
これは、いわゆる「ジプシー」とは少し違って、「ジプシー」は「この人」っ思える人を探したり、「自分の欲しい答えを言ってくれる人」を求めてさ迷う人が多いけど(もちろん人探しはあるけど)、 私はそれよりも「面白そう」とか「とにかくやってみたい」が先に立っていた。
最近、抑圧する事が多くて疲れていたから、うん、良い傾向だ。
いろんな人のセッションを受けていると、同じ手法でも人によってやり方やエネルギーが違ってとても面白い。
そして、セルフでやっていたり、少し習ったりしたことも、「あー、こうやるといいんだ」とかわかったりする。
そんなこんなでポチポチとやっていたある日、上の娘が体調がすぐれないと、会社早退して帰ってきた。
私はその日、昼から出勤だったので、出かける前にちょっと遠隔ヒーリングでもしとこうかいな、と、何故かふと思って、自分のベッドの端に腰掛けて、手の平を上に向けて目を閉じて、隣の部屋で寝ている娘に意識を向けた。
その瞬間、上に向けた両手の平が「ずんっ」と、重く感じた。
「あーなんかなかなか重いわ、こらしんどいわ」と感じながら、「けどそんなに難しいものでもなさそうだし」と浄化した。
この時の、人を遠隔して、いきなり「ずんっ」ときた感覚は、正直初めてだった。
今までも「あーなんか曇ってるな」とか「重い」とか「暗い」「渦巻いてる」とかそういう感覚はあったが、この時は、いきなり重力を感じる様に体感で「ずんっ」ときた。
その時、同時に、これって何度かセッションを受けてきた賜物だともわかった。
今までは、自分が目一杯重いもの背負ってたから、わからなかった。
最近は自分が少し軽くなってきているのがわかったから、こんな風にいきなり重いものが来るとわかるんだな。
例えて言えば、軽い荷物しか持ってなかったら、いきなり重いもの渡されたら響く、そんな感じ。
そしてずっと重いもの持ってきた経験があるから、「これくらいの重さなら大丈夫」ってのもわかる。
持っていた荷物が多種多様なほど、それがわかるし、扱える。
軽くなるほど感覚はクリアになる。
セッションしてくれるセラピストさんて、大なり小なりこんな感覚なんだろうね、本当に有り難い。
力があっても、すごい上から目線の人、なんか違和感あるのは、こういう事なんだなぁ。
そして、良いセラピストさんほど、
人に教える時、セルフプロテクトとかクリアリングを重要視する。
ひたすら自己調整されているセラピストさん、すごい。
わからないまま感じるまま、クリアリングやヒーリングし続けると、ある日、ふとわかってきた自分に気付く時がある。
本当にアホくさいくらい当たり前の事だけど 「こういう事」なんだと、今さらながら、
しみじみ 体 感 した
私であった。
これからもあれこれ考えず、四の五の言わず、もう、ごちゃごちゃとした思考はいらない。
ポチポチやっていこう。。。