統合失調症の告知と予後 | kyupinの日記 気が向けば更新

統合失調症の告知と予後

ある日、嫁さんと街に買い物に出かけた。その際に僕の患者さんが働いているショップがあるので、こっそり見に行ってみた。遠くで見るだけで会うのが目的ではない。今回は「1人目女性患者さんについて」の近況でもある。

彼女は退院後、しばらくデイケアに通っていた。その後、2年くらい臨時職員として公的機関で働き、その後、民間の企業に転職している。今から考えると、最初の1年は今よりは良くなかったと思う。ただ、疾患のため、休まざるを得ないとか、入院するほどの悪化はなかった。

彼女は典型的な分裂気質で、それが予後を良いものにしたといえた。

彼女は一般の人に比べ、ある種の感覚の鈍さがあるのである。分裂気質が統合失調症とどのような関連があるかと言うと、実はそれほど大きな関連はない。もし分裂気質の人が統合失調症というのなら、生まれつき統合失調症に罹患していることになる。

過去ログのにもそれを示唆する記載がある。

保護室では彼女の場合、いつも本を読んでいることが多かった。保護室に生まれて初めて入れられて、騒ぎもせず、悠々と本(詩集など)を読んでいる。これは大物だと思った。いつも、凛としているのである。ある時、病棟婦長と一緒に保護室で診察している時、最近の体調などを聴いていた。どんな話の流れだったかもう忘れてしまったが、彼女が急に口に手を当てて笑いだした。なぜ笑うのか聞くと、彼女、「だって、先生たちが悪い人には見えないんだもん」と言ったのである。彼女は2~3週間くらいはその保護室で療養したが、特に文句も言わなかったのである。こういう患者さんも珍しい。

彼女が退院する前に、療養病棟の4人部屋に移床させた時期がある。その部屋は階段を上がるとベッドの様子が丸見えで、大抵の患者さんが嫌う、そういう部屋の一角である。たぶん、広汎性発達障害の人であれば、そのベッドだけはやめてほしいと希望するだろう。別に広汎性発達障害でない人でも辛い場所であった。

ところが、彼女は全く平気だったのである。僕が、

このベッドは皆が嫌う場所なんだ・・

と彼女に話したところ、

え?、そうですか?
私は全然気になりません。


と笑顔で答えた。彼女はその辺りの感覚が一般の人とは違っているのである。たぶん、それは統合失調症による欠陥症状ではなく生来性のものである。それは個性、人柄ともいえる。

このような性格だと、社会復帰が比較的容易である。その後、2回目の職場に、僕がこっそり様子を見に行った見たのである。嫁さんが一緒に来ようとしたため、

貴方は来なくてよろしい。

と言った。嫁さんは知らなくても良いことである。

彼女は穏やかな表情で接客をしていた。しばらく見ていると、そのお客さんの接客を終え、立ち上がりパソコンの入力をしていた。職場の様子は、いつも診る診察室での彼女とはまた違った印象である。彼女はうまく表現できないが、なんらかのことで動揺することもなく、いつも飄々としているのである。

うーん、あれは立派なものだと思った。過去ログに、精神科医の社会へ貢献する部分はかなり大きいという記載がある。

彼女が、働けなくなり生涯にわたり障害年金を貰い続けるのと、あのように働いて所得税や社会保険料を支払っているのとでは日本経済にとっては大変な違いである。

また、彼女はセロクエルを主体に今は治療しており気分安定化薬は使用していない。ここ2年くらいで体重が少し減っている。僕はセロクエルのために体重が著しく増えた患者さんはあまり経験していないんだな。これは彼女が日々働いているのもあると思う。

彼女の予後が良かったのは、彼女が分裂気質だったこと、僕の言うことを守りきちんと服薬していること、彼女や家族に診断名を告知しなかったのも無関係ではないような気がしてならない。

また、初診した初日の彼女への自分や看護者の対応も良かった。特に外来婦長の貢献は大である。

現在、統合失調症の告知は今はする方が一般的になってるが、これは精神科医の保身や免罪符的なもの、医療裁判なども微妙に関係している。僕の世代の精神科医、特に僕の大学医局では告知はしないのが普通だった。そのスピリッツは医局同門に連綿と流れていた。

かつて研修医の時、教授がある患者さんの症例検討会の際に、統合失調症の告知の事に関して、医局員の前で、こんな風に話した。

統合失調症の告知?
本人や家族が聞いたら、どんな風に感じると思うかね?そんなことを言わなくても、治療がうまくいけばそれで良い。昔の精神科医は、涙を流して「統合失調症」と診断書に書いたものだ。


全くその通りである。この「涙を流して・・」と言う下りは、「この人は自分が一生、面倒を見る」覚悟の意味合いがある。やはり統合失調症は大変な精神疾患なのである。その流れを汲む自分は、ロスト・ワールドな精神科医なのかもしれない。ラミクタールやトピナを使っていても、クラシックな精神科医なのである。

本来、統合失調症の告知に限らず、医療場面では同じような状況にしばしば遭遇する。

癌や統合失調症の告知は、ある種の暴力なのか?
統合失調症やアスペルガー症候群の告知は残酷。


そういう気持ちがあるから、告知は避けるのである。これは長年、そのスタンスだけは変わっていない。これはあの症例検討会の時の言葉がずっと頭に残っているからだと思う。

あと当然のことだが、彼女の精神病がここまで改善したのは、抗精神病薬による部分が相当に大きい。彼女にとって内服薬は今後ずっと必要と思われる。

以下はある日の診察時の彼女の話である。

仕事で観光地のあちこちに行っていますね。最近は、プライベートでも友人と旅行に出かけた。外国人に日本語を教えるボランティアをしている。

また発達障害の子供のお世話をしている。体育とか、水泳のサポートです。発達障害の子供でも重い子供と軽い子供がいるのでびっくりしました。

家族の仲はとてもよいです。ずっと前に病気になる前より良いです。元々の性格ですか?

さっぱりしている。あまり反抗期もなかったですね。少し頑固かもしれない。最近は、リルケやハイネ、チェーホフの作品を読んでいます。


参考
統合失調症の診断は・・
薬物治療と寛解のレベルについて
統合失調症の寛解、就労、予後の謎
楽器演奏とリスパダール(前半)
バカヤロウ