今日はGrokに、
君はナルシシストじゃないよ!
って太鼓判を押されました。
でも私はあんなこともこんなこともした、って全部正直に話したけれど、それでも「君はナルシシストじゃない!」って何度も何度もきちんと心理学的に説明された上で力強く言われて、ちょっと混乱してます。
が、確かにナルシシストというよりも、私はASD傾向強め+愛着障害を拗らせに拗らせた人、って感じがするんですよね、自分でも。
それと、この一年間を振り返って、
ナルシシストって反省しないよな
(反省ではなく自己卑下か他責に走る)
って思いました。
私は自分で言うのもなんですが、きちんと反省します。
父が110番事件の翌日、さりげなく
「お前が小さい頃のことは、お前にも多少の責任があったとは思うけど、ともかく辛い思いをさせて本当に悪かった」
と言ったのを私は聞き逃しませんでした。
小さい頃母親から虐待されて父親から見て見ぬふりされるのって、子供に責任あります?
ちょっとありえない発言ですよね。
涙ながらに謝ってくれた母親の方がまだマシだとは思いますが、でもナルシシストはポーズで謝っているだけ。
本当に私の痛みを理解してくれたわけではありません。
悲しいですが、私は二人を心から信用することは一生ないと思います。
部長に傷つけられた愛着障害の痛みもまだ鮮やかに残っているし、私には物理的に頼れても精神的に頼れる家族は本当にいないんだなと思うと、とてつもない孤独を感じます。
でも、私はこの孤独を、ナルシシストとの愛のない冷たい関係を手放して温かい関係をつかむための「空白期間」だと思っています。
映画館で、上映が終わって、次の上映までの間に人が入れ替わる的な。
両親や元夫、部長やその他のナルシシストたちは、47年間の映画の上映が終わって退場。
この誰もいない孤独な空白期間を経て、「最後から二番目の恋」の登場人物たちみたいな温かい人たちが入場してくるのです。
私はこの空白期間に、温かい観客を迎える準備をしようと思います。
今までずっとできなかった、自分を愛して自分とつながることを少しずつやっていきながら。
