今日は私が住んでいる地域は冷たい雨です。
なので、私は引きこもりです。
今日から新年度、働く人たちは大変だなぁ…と思いつつ、
無職の自分を神様が「今はまだのんびりしていいんだよ」って言ってくれている気がします![]()
仕事をしていないと特に、
「一日中、起きている間は何か生産的なことをしていなくちゃいけない」
という強迫観念に47年間追われてきたことを実感するんですよね…
どうしてこんな思考を持ってしまったんだろう?と考えてみると、
幼稚園の頃から水泳とピアノ、
小学校に上がったらそれに習字、そろばん、塾、英会話、視力回復センター(これは習い事ではないか)などが加わり、
放課後は家でのんびりできたことなんてほとんどなかったし、
友達と遊べる日ももちろん限られていました。
しかも、私の方から「やりたい」と言った習い事は皆無。
ゆえにもちろん楽しいと思ったことは一度もなし。
(妹は私と比べると自己主張がはっきりしているタイプなので、
どんなにひどい目にあってもやりたくないことはやらなかったし、
自分から「絵を習いたい」と言って習わせてもらったりしていました)
そして家に帰ってくればピアノの練習、学校の宿題、
トレーニングペーパーという学習教材での勉強。
ピアノも勉強も、間違えようものなら容赦なく母の平手が私の手や頭に飛んできました。
反抗も何もしていないのに、頬をぶたれて鼻血を出したことも。
こんな毎日ですから、当時はあまり意識していませんでしたが、
過緊張でいつも体調が悪かったです。
今思うのは、ASDで自分のペースが何より大事な私にとって、
こういう生活は地獄以外の何物でもなかったということです。
(ASDじゃなくても地獄ですが…)
ASDの性質に加えてこういう経験をしてきたことで、
私は自分のペースを乱されることや、
人から何かを「やれ」と言われたり強制されたりすることが、今では大大大っっっ嫌いなんだと気づきました。
そして、本当はそういうマイペースなのんびりした人間なのに、
47年間の顕在型の母親による派手な支配と、潜在型の父親による静かな支配で、
「起きている間は何か生産的なことをしていなくちゃ」という声が
頭にこびりついてしまったんだな、と。
同期ともめたのは
9月までは上司の期待に応えようと一人で一生懸命頑張ってきたのに、
文句の多い同期のことを煙たく思った部長が彼女の世話を上司に押しつけたために、
私が同期と二人で仕事をする羽目になったのが原因ですが、
私にもおそらくマイペースすぎるところがあって
(勝手に仕事を始めちゃうとか)、
同期の方もやりにくさを感じていたんだろうなと思います。
実際、私はずーっと「面倒くさい…一人でやりたい…」って思ってましたから(笑)
そういうのって相手に伝わりますよね。
ただ、上司からの仕事はかなり臨機応変さを求められるものだったし、
「誰かの期待に応えるために一生懸命頑張る」という状況自体が
幼少期の体験の繰り返しになってしまっていて、
かつASDな私には合っていなかったと思うので、
同期や部長は悪役を引き受けてそこから抜け出す手助けをしてくれたんだとも思っていますが。
吉濱さんも、「ASDには自己完結的な仕事が向いてる」って言ってたし。
私、データ入力とか大好きで、延々やっていられるんですよね。
大学を卒業してアルバイトや派遣を転々としていた時に、そういう仕事もしていました。
そして語学全般、特に英語の読み書きが大好きなのは昔からなので、
大学院に進んで研究者になるか、翻訳業を極めればよかったなー。
今思うと、英語学科を出ていて強固な土台があったとは言え、
英字新聞を半年間ひたすら読んでいるだけでTOEICが750点から920点にアップするって
尋常じゃないんですよね。
あれもASDゆえだったんだなって今なら分かります。
(自慢ではなく、客観的に)
話が逸れましたが、
先日の110番事件の翌日、家に帰ると母が
「自分の考えを押しつけて、小さいあなたに辛い思いをさせてごめんなさい」
と涙ながらに謝ってくれました。
私以外の人間にあの時の本当の辛さは分かりようもないし分かってほしいとも思いませんが、
母なりに多少は分かってくれたようで、
あれ以来とても穏やかになったし(父とはよくケンカしてますがw)
今いい歳をして無職で実家に住んでいても、何にも言いません。
なので、私は自分の幼い頃の「家で安心してのんびりしたい」という願いを、
大人になった今、叶えてあげているんだと思っています。
