時間の大切さを感じた瞬間は?

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時間の大切さ、

良く解らない概念に対して、

それを大切だと感じるってことなのかな?

 

一分一秒を争うような命に対する危機的状況とか、

そういう場面では思うけどね。

 

時間って良く解らない概念なんだよなぁ。

 

それでも、その時間という概念によって、

ある程度の定量化がされて、

それを基準として世の中が回っていることは、

理解はしている。

 

なので、時間厳守は理解出来てはいる。

 

そういう意味でいうと、遅刻ってあんまり経験してきてないんだ。

例えば電車が止まってしまったとか、

そういう状況であっても、

現在であれば携帯電話もあるから、

どうにかこうにか連絡をして、

相手もその情報をネットで調べることもできるので、

対処のしようもある。

 

でも、自分が生まれたころは、

電話はあっても、携帯できるものではなかったのを知っているし、

何かしらの待ち合わせであっても、

連絡が付く場所を待ち合わせの場所に選んだりもした。

 

駅で待ち合わせして、待ち合わせ時間になっても現れないようならば、

伝言板に何かしら書いて対策をする。

 

おおよそ、近くの喫茶店に居るとでも書くことになるだろうし、

最初からそういう場所で待ち合わせている。

 

そういった今現在と40年前くらいを比較すると、

時間を大切に思う気持ちって、

世間一般的に見てずいぶんと変わってしまったのではなかろうか。

 

日本の鉄道は秒単位で正確に機能している。

かなり有り難いことである。

 

また、鉄道会社を超えた直通運転をするようになってから、

乗り換えが減って便利になった一方で、

ほぼ関係のないような遠いところでのトラブルが、

ドミノ倒しのように連鎖して被害が拡大するようにもなった。

 

便利になったことで、時間の使い方がかなり変化したと思う。

 

まぁ、連絡は出来るという意味では、

相手を心配させたりせずに済んではいるのかもしれない。

 

知らせがないのは良い知らせ。

なんてことを昔は言ったりしていたが、

今は知らせることを大前提としているようにも思う。

 

それに対して、リプライや既読などのリターンがないと、

また心配ごととなってしまったりもする。

 

SNS疲れとかね。

 

忙しいという漢字は心を亡くすと書くが、

忘れるという漢字も心を亡くすと書くのですよ。

 

時間というものに縛られすぎていると、

それこそ時間を無駄にしているのではなかろうか。

 

まぁ、概念なんで、個々でどのように使おうが知ったこっちゃないのだが、

余裕を持たないとね。

 

 

ではでは